表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第10章:ついてくる少女─後編─

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

208/257

208話:〈哀れな子どもの魔法〉

 戦斧が、襲ってくる。

 このあいだの男だ、とシェイラは気づいた。宙でよけながら、男の動きを注視する。前回は動揺してしまったが、今であればシェイラは冷静に判断できる。

 ヤルチェはイディオンが運んだから問題ない。戦闘に集中できる。


 ぶんっ、と風を切る戦斧の音がすさまじい。魔法でなくても、あの斧に当たるだけで大怪我をする。シェイラは、万が一よけきれなかったことを考えて、左手で{自動}と{防護}を描く。これでしばらくのあいだ、攻撃は防げる。



「──お前、魔導師シェイラータだな?」



 大きな一撃を振るったのち、男がシェイラにそう言った。

 驚く。だが、動揺はない。冷然と返す。


「そうですが、なにか?」


 空中戦だが、男の足元は地面があるかのように走り回る。なのに、宙も浮くようにする。たいした大地の魔術師だと思った。

 ガルバーンで再開した時の、ヴィクトルの振る舞いを思い出す。

 そんなことを考える暇はなかった。またもや、斧が振るわれる。


「いや? 聞いたことがあるからな。呪法をもとにした魔導を使う、魔導師がいると」


 瞬間、雷撃が落ちる。よけねば、一瞬で燃えるような雷。大地の魔術。


「胸糞悪い話だ」


 男が、シェイラに怒りを向けたのがわかった。

 次々と、雷撃が落ちてくる。焦げつくにおいを感じる。よけながら、シェイラは、もうひとりの女のほうを警戒した。なにか懐から出してくる。あちらは呪了師だ。手元を見極めなければいけない。

 シェイラが視認したのは、{霧喚び}の陣と魔法紙。なにが描かれているのかわからない。だが、先日の交戦を思い出せば、蟲を呼ぼうとしているのがわかる。まもなく、着火される。


 注意を分割しなければならなかった。


 晴れ渡っていたはずの夏空に雲が渦を巻き、稲妻がシェイラに向かって落ちてくる。同時に、陣から蟲が現れる。


 シェイラは瞬間、{召喚}陣を描いた。

 銀狼(アバンダス)を、喚ぶ。


 雷を、分厚くした{防護}で防ぐ。が、攻撃の勢いを受ける。跳ね飛ばされる。


 岩壁にぶつかりそうになったシェイラを受け止めたのは、まもなくして戻ってきたイディオンの光だった。雪原と針葉樹の魔力香を感じる。背に、体温を感じると、シェイラはいつの間にか緊張を覚えていた自分の身体を知った。

 ふっと、力が抜けて、見上げる。


「おかえりなさいです」

「ああ」


 イディオンが上空の大地の魔術師を睨みながら、それでもやさしく返答がある。


「ただいま」






 イディオンは、焦燥がほっと息をついた。シェイラは怪我をしていない。落ち着きが戻ってきて、対峙する男を見上げる。さらに上空で、アバンダスと〈水蛇(へび)〉と呼ばれる蟲が唸り声をあげているのも含めて、場を睥睨する。


「蟲のほうはアバンダスに」


 シェイラの声に肯く。

 イディオンとシェイラは離れると、上昇する。浮かぶ男と、欄干にいる女を見る。



「さすがに、魔導師ふたりは分が悪い」



 男が戦斧を肩に背負いながら言う。こちらへの戦意が消失したように見受けられるが、油断はできなかった。イディオンは捕らえるための表象を脳裏に描く。



「ですが、マーロさまっ!」



 女が下から叫んだ。抗議の声をあげる。


「失態を取り返しませんと……! それに供物も……!」

「ああ、そうだな」


 男が女の台詞を肯定する。


「供物はどうにかなる。幸い、〈哀れな子どもの魔法〉には予備があるし、狙いどころの{感応}については、すでにあいつが動いてる。取り逃しはしない」

「では……!」


 女の声に安堵が載る。



「──だが、お前の失態は許されない」



 ばきっ、という音がした。

 女の首が不自然に曲がる。


「団長は寛容だが、俺が配下の失敗を許すのは一回のみだ。失態をつづけるものは、どうにかしようと焦って、判断を過つ。──ゆえに、許さん」


 男は、いつの間にか、手の内に土人形を持っていた。その人形の首が割れている。

 女の首は曲がったまま、欄干から体がすべり落ちる。臙脂色の長外套に焼かれる。


 イディオンもシェイラも、絶句した。〈水蛇〉がアバンダスに喰われる悲鳴が、清流に木霊している。



「──さて」



 男は、何事もなかったかのようにイディオンたちに向き直った。

 自らが手をくだしたことに、なんのてらいもなく、人の死と殺しに慣れている者の不動の気配があった。

 ただものではない、とわかる。


「名前も聞かれてしまったしな。きちんと、名乗っておこうか」


 男は、頭巾(フード)を取った。驚く。名と顔を知られても問題ない。そういう自負があるのだとわかった。



「〈気高き魔女の騎士団〉が上級騎士、マーロ・スパン」



 色黒の五十を越えていると思しき男だった。隻眼。眼帯をしている。他にも顔にはいくつか傷があった。蟲を撃退しているものを職に負うもの特有の風体であった。傷があとを絶たないのだ。


「お前たちは、なぜ俺たちがこんなことをしているのか不思議であろうな」


 マーロという男はつづける。


「ひとつ、手がかりをやろう」


 男は、悠々と言う。



「──大義がある。今の世で、どんな犠牲と代償を払ったとしても」



 それは男の決意に聞こえた。



「俺の名前を調べればいい」



 後悔の余韻があったのは気のせいか。


「調べてわかることもあるだろう」


 男は言うと、{転移}の残光を散りばめて、姿を消した。

 アバンダスが〈水蛇〉を食らって、残されたものが霧散していく。


 イディオンはその光景を目にしながら、思考が回転するのがわかった。断片的な情報と推測が右往左往する。



「……{感応(テレパシー)}」



 頭の回転に気を取られていたなかで、胸に抱いたままの小さな体から、ぽつりとつぶやきがあった。イディオンは、シェイラを覗く。


「シェイラ……?」


「……リヨンさん」


 彼女の顔は、恐怖を浮かべていた。



〜*〜



 その日、〈水蛇〉の出現はちょっとした騒ぎになったが、魔導師らが撃退したということで、予定通り、花の祭典の演目は開演することになった。フェノア魔導師による突然の催しがあったものの、ヤルチェたちの学環が披露した演目『エレ川の舞姫』は、無事に披露された。


 そうして、モルリオール高等魔術学院による『エレ川の舞姫』は、これまで優勝を飾ってきた市民団体を破り、アベルの月の建国祭へと歩を進めることになった。ロウェイン学院長は、感涙して椅子から落ちた。



 そして、建国祭で、最優秀を飾ったのだ。



 ウショー師の長年の悲願であり、酒樽おばばと越えられなかった最高の高みに至ったのは、モルリオールの歴史上はじめてだった。 


 ──芸は、学生の域を脱していない。それだけが悩みの種だった。だが、伝統と新しさ、あらゆるものを舞台に包含しようとした果敢さとひたむきさ、それらが随所に滲んでいる素晴らしい演目であった。


 三王たちには、そう評価された。

 〈霧の厄禍〉の前に、そういった評価がなされることになるのは、厄禍が訪れたあとの黎明の世を照らす一助となった。



 ──あの演目に至るまでの風景を目にした経験が、希望のひとつであった。



 のちに、変革王と称されたガルバディアの王は、そう側近につぶやいたという。



 ヤルチェ・ラッカーラが発明した円盤自鳴琴(ディスクオルゴール)は、それからモルリオールの大産業へと発展した。通常の自鳴琴よりも荘厳で豊かな音色は、特に貴族や、裕福な商家でたしなまれたという。変革王による近代化が進んでいき、そこから百年後、蓄音機という魔導具の発明がなされるまで、一世を風靡した。


 廃れていったのちも、懐かしい記憶を呼び起こす音色として、円盤自鳴琴は、今でも一部の人々に親しまれ、愛されている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ