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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第10章:ついてくる少女─後編─

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206話:花の祭典

 フィシェーユの月、第二週風ノ日──その日が、フィシェーユ全土で開かれる花の祭典の日であった。


 モルリオールも街全体が華やかに飾られ、活気づいている。家々の窓にかけられた垂直旗(すいちょくき)に、掲げられた星辰盤(せいしんばん)の振り旗。露店が出て、悪戯好きな子どもたちが、あちこちで紙吹雪爆弾を爆破させる。楽器隊は行列行進をし、いたるところで旅芸人たちの芸が披露され、街中はまさにお祭り騒ぎだった。


 シェイラは、新鮮な気持ちで新市街の高台からその光景を見る。


「すごいですね!」

「そうだね。ガルバディアの建国祭並だ」


 イディオンが首肯する。面白そうに街全体を眺めている。


「のちほど屋台や露店を回る時間はありそうでしょうか?」

「どうだろう? ヤルチェたちの演目は午後すぐだし、明日もあるからいけるんじゃないか?」


「そしたら、あとで揚げ麦粉焼(パン)を買いましょう」


 シェイラはにこやかに提案する。


「いつも食べてるだろ」


 イディオンの眉間にしわが寄る。


「お祭り記念ですよ」

「いつもと同じ味だろ」

「いえいえ、今日のための特別な味が出ているといいますよ? 豆粉という粉末がかけられているそうです」

「そういう味が変わるのは平気なのか?」

「だって、ちがう味なんですから、当たり前じゃないですか」


 シェイラが返答すると、イディオンはとてつもなく変な顔になった。せっかくの絵になる顔が台なしだ。


「……意味わからない」

「はんぶんこ、しましょうね」


 シェイラは、笑顔で言う。

 イディオンはその提案には少しだけ頬をゆるめた。うれしいだろうと、シェイラもわかって言っている。ふたりの大事な思い出だったからだ。


「ちがう味を一個ずつ買って、それを半分ずつにして、交換しましょうね?」

「……うん」

「楽しみですね」

「……ああ」


 イディオンは、仕方ない、という顔をしながら、シェイラに笑みを向けてくれたので、満足だった。心が三年前のあまみを思い出す。


 この一ヶ月のよい変化も思い出した。

 ロウェイン学院長が折れたことで、ウショー師は、学環の方針を転換。ヤルチェのように踊りや歌が苦手なものでも、どうやったら舞台上で活躍できるか考えたうえで、音楽劇の構成や演出の一部に大きく変更を行った。


 そのひとつが、『エレ川の舞姫』の一番の見せ場である、妖精舞姫の舞を、ヤルチェの作った円盤自鳴琴(ディスクオルゴール)の音で盛り上げるというものだった。

 楽団を使わず、あえての自鳴琴。奏者となるヤルチェも舞台に上がるのだから、活躍についても問題ない。ヤルチェの発明した円盤自鳴琴は、モルリオールらしさだ。


 これはいけるのではないか、と皆が核心を持って、この一ヶ月の練習に励んだ。


 ウショー師の罵声も、おばば先生を感じさせるような、いい意味での叱咤激励に変わっていき、学環の雰囲気も、学院の雰囲気自体も、どことなく揚げ麦粉焼のようなやわらかなあまみを感じるように変化していった。


 大きな変化だと、シェイラは思う。

 あとは今日明日の本番。モルリオールの花の祭典で優勝を飾れば、来月の建国祭が待っている。


 シェイラは、なんとなくうまくいくのではないか、と思っていた。ヤルチェも呪術から足を洗えたし、ウショー師の変化もあった。加えて、ロウェイン学院長も方針をゆるめてくれた。

 どことなくすべてがうまくいく。そう、のんびりと構えてしまっていた。



「──ヤルチェが、まだ来ていない?」



 イディオンが表象した、街全体から〈だいたいの呪術をはじく魔法〉の確認を終えたのち、シェイラたちは昼近くになって、学院の野外劇場に足を向けた。

 {霧除け}も、イディオンの魔法も、なんの問題がなかったのに、ウショー師のその発言は、シェイラの体全体をぞっとさせる響きを持っていた。


「円盤の調整をするために家に戻るって午前中に引き返したんですが、まだ戻ってきていないんです」


 ペニーという少女だった。今回の舞姫──主役だ。

 この一ヶ月で、ヤルチェと親しくなって、ふたりで話しているのをよく見かけた。ヤルチェの自鳴琴への熱心さが、ペニー自身の舞踊魔術への熱心さに共通するものがあって、意気投合したのだという。


「それは、いつのことですか?」


 シェイラは、ウショー師とペニーの話に割り込むようにして尋ねる。

 ペニーはびっくりした様子だったが、可憐な声でシェイラに返答する。


「一時間半ほど前のことです」


 シェイラは、身を翻した。控えていたイディオンに声をかける。


「イディさん」

「ああ」


 顔色を失ったシェイラに、イディオンはしっかりと肯く。


「行こう」


 シェイラは、振り返る。舞台袖に見つけたフェノアの名を呼ぶ。


「あとは頼みます!」

「ええーっ?」


 突然呼びかけられた歌唱の魔導師は、金の目を丸くする。


「わたし?」

「そうです。わたしたちがヤルチェさんを連れてくるのが遅くなったら、お得意の歌で場を保たせておいてください!」


「はあ?」


 フェノアの抗議の声を無視して、シェイラはイディオンと走り出す。


「手を」


 イディオンがシェイラに手を伸ばす。


「ぼくが{転移}を使えば問題ない」


 急ぐだろう、とイディオンの目は言っている。ヤルチェが心配だろう、と。

 戦闘になるかもしれない状況で、魔力を消耗する{転移}は避けたい。それを踏まえての提案だった。自分の魔力量ならふたりくらい問題ない。イディオンは、そう言っている。


「……はい」


 イディオンは、シェイラの心の動きがわかるのだろうか。真っ直ぐな目に、全部見透かされている気がする。


「ありがとうございます」


 シェイラは手を差し出した。手の平が重なる。大きな手だった。やさしく、不安とともに包みこんでくれる。

 ぐっと引き寄せられる強い力を感じると、青銀の光が粒子を放って、シェイラとイディオンはヤルチェのいるであろう工房に{転移}した。


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