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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第10章:ついてくる少女─後編─

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205/260

205話:無遠慮

 シェイラは、舞を終えると、黒い面紗(ヴェール)を外した。組み鐘(カリヨン)の後ろに隠れるようにしながら、ロウェインの退勤時間に合わせて、運んだ柱型の自鳴琴(オルゴール)を見やる。動かしていたヤルチェは恥ずかしそうに隠れるようにしていが、ロウェインから話しかけられるとうれしそうに顔をほころばせていた。


 呪術に足を踏み入れた罪悪感がヤルチェを蝕みすぎないように{催眠}をかけたけれど、効果が出ているようだった。やったことは取り返しがつかないし、いけないことではある。けれど、死者が出ず、本人も悔いているようであれば、必要以上に己を責めすぎると病んでしまう。{催眠}というのは必要な措置であった。


(上手くいきましたよ)


 この場にウショーはいなかった。シェイラが発案したことだったから、自分自身で見届けたかったのもあって、役割を担った。ロウェインに、あやしまれずにもすむ。


 ヤルチェの魔法は、ささやかだけれど、すごい魔法だ。音色の届くところまで、効果をもたらす自鳴琴の魔法。


 懐かしい思い出を思い出す魔法。


 シェイラはその効果を少し{増幅}した。澄鈴(トーラム)を持って、舞踊魔術による{増幅}をもたらす。

 ロウェインにヤルチェの魔法の素晴らしさを知ってもらえて、宣伝のようなこともできた。

 自分でも、ちょっといい思いつきだったのではないかと思って、笑みがこぼれる。


 ふふっと笑いながら、シェイラは組み鐘(カリヨン)の柱の影で、結い上げた淡紫の髪を下ろす。長いゆるい髪が、はらっとうなじを流れ落ちて、衣装で大きく露出した背を、隠していく。



 ──そのさまを見て、イディオンが縹を(みは)っていた。


 シェイラは気づいて、振り返る。


「あっ……」


 目が合うと、彼は動揺したように視線を横にすべらせた。顔も少し、逸らされる。



(あー)


 少し、刺激が強すぎただろうか。


 シェイラは基本、あまり肌を出さない。いつも身にまとっているのは長裙衣(ワンピース)だ。暑くなると首元を出したり、半袖にしたり、裂け目(スリット)のあるものにするが、結局それも長外套(ローブ)で隠れてしまう。肌を見せることは少ない。

 最近になって髪を半量結い上げるようにしていたが、首元は残りの半量で隠れる。肌が見えることは少ないのだ。


(無遠慮すぎたでしょうか……)


 いつだったか、イディオンには慎みを持ってほしいと言われた。それは三年半くらい前のできごとで、彼の外見は少年だった。それでも、恥ずかしそうにしていた。

 今は、イディオンは立派な青年だ。昔ほどわかりやすく顔を赤らめたりはしないが、彼もまた、ヴィクトルと同じ大人の男なのだ。


 そんな当たり前の事実に、シェイラは今更思い至る。


 ふと、モルリオールに来たばかりにふれた手首の感触が思い出された。腱の張った手首。少年の頃とはちがう肌の感覚。男の人の、肌。

 思い起こすと、シェイラは急に、落ち着かない気持ちになった。どこからか、夏の暑さ以上のものが立ち昇ろうとする。


 イディオンが黙ったままだから、気づまりさが沈殿する。


「その……」


 どうでもよいことを話そう。

 シェイラは、誤魔化すように口を開く。


「久々に踊ったんですけど、変ではありませんでしたか?」


 髪を半量結い上げ直す。

 踊り終えた暑さからなのか、手汗が出てきて、うまく結べなかった。髪がほつれる。


「……べつに、変じゃなかったよ」


 組み鐘(カリヨン)のこちら側は高台を望む場所だったが、今は皆ヤルチェの柱時計に興味が引かれていて、周りにはだれもいなかった。


 すごいね、ヤルチェ、と皆から声をかけられている。

 よかった。ヤルチェは自分の好きなことで評価されたのだ。安心する。


 それでも、手はうまく動かなかった。シェイラは器用なはずなのに、今日だけなぜだかうまく結べない。悪戦苦闘する。


「……よかったです」


 シェイラは、それだけを返す。

 久々に舞を踊った。たまに気分を変えるために踊っていたが、人前で踊るのはほんとうに久しぶりだった。ほっと、息が出る。



「──蛾みたいだった」



 やっとの思いで髪をいつものようにすると、イディオンがだいぶ間を空けてからそう言った。

 その発言に、シェイラは、口をすぼめたくなった。いつの間にか、落ち着かない気持ちはいつもの状態を取り戻していた。


(蛾って……)


 そういえば、前にも言われた気がする。

 女性への言葉のかけ方を教わっていないのだろうか。いつも礼儀正しくてやさしく、思いやりがあるのに、たまにイディオンはとんでもない言葉を選ぶ時がある。王族の教育を受けているはずなのに、かつて夜歩きをしていた頃に、習うのを忘れたのだろうか。



(トールは……)


 いつも、如才がなかった。しれっと女を喜ばせることをあの顔で言うのだ。


 ──ヒバリにもそういうことをしているのだろうか。


 そう思い至ると、ふたりの手首にあった組紐が思い出されて、小さく胸の(うち)が痛む。


「シェイラは……」


 イディオンがつづける。



「……月光蛾って知っている?」



 問われて、首をかしげた。気づまりな空気は払拭されていて、きょとんと首をかしげる。


「知っていますけど、詳しくはありませんよ?」


 蛾はあまり得意ではない。毒々しいからだめなのだ。一度たりとも、詳しく調べようと思ったことはない。


「そう……」


 イディオンはなぜだか少し間を持たせて、シェイラを一瞥する。


「オルリアの……シャドゥーラの森に近い、紫水マツのそばにだけ生息する月光蛾がいるんだ」

「そうなんですね」


 十年くらい過ごしていたのに知らなかった。興味がなかったからだろう。イディオンは、やはり物知りだなと思う。


「それがどうかしたんですか?」


 もう蛾の話はあまりしたくなかった。夢におどろおどろしい模様が出てきそうだ。


「……べつに」


 イディオンは、ふいっと目線を逸らした。少年の頃のようだった。


「ただ、……思い出しただけだ」


 逸らしたまま、イディオンの視線は高台から覗く景色へと移ろっていく。

 その話はそれ以上つづかず、シェイラは疑問を覚えながらも、ヤルチェの後片付けを手伝うために踵を返した。


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