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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第10章:ついてくる少女─後編─

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203/257

203話:提案と思いつき

 翌週になると、ガルバディアの月(ろくがつ)だった。比較的、海に近いモルリオールには、南から湿気がやって来て、雨が増える。わずかながらも、霧が発生して蟲も出る。

 そういう発生した霧を払い、蟲を駆逐し終える週末をイディオンと過ごしたのち、シェイラはあらためてウショー師と向き合っていた。


 変わらず放課後で、場所は教導館ではなく、ヤルチェたちの学環のある教室だった。


 今日はイディオンも同席していた。

 シェイラは、週末に遭ったことをウショーに端的に報告をする。

 聞き終えたウショーは顔を蒼白にしていた。次中音(テノール)が、細かに震える。


「まさか、ヤルチェが……」

「危ないところでした」

「私のせいだ……」


 ウショーは頭を抱える。連なった長卓に頭が押し付けられるようになる。


「ウショー師……」


 シェイラは、かける言葉を見つけられない。下手な慰めの言葉は、逆にウショーをより傷つけるだろう。黙って、イディオンとともに待つ。


「……私が誤ったばかりに」


 ヤルチェが呪術に手を出してしまった、とウショーはつぶやく。


(起きてしまったことは……)


 もう、どうしようもない。時間は戻せない。不可逆だ。

 ヤルチェが決定的な線を踏み越える前に戻ってくることができた。足を止めさせることができた。そう思うしかないのだ。


(だれも、悪くない)


 ウショーも懸命だった。

 学環の子どもたちも悪気はなかった。

 ヤルチェだって、どうにかしようとがんばっていたのだ。


(それなのに……)


 どうして、こんなに歪んでしまうのだろう。

 歪んで生じた隙間のなかに、どうして呪いというのは忍び込んできてしまうのだろう。


(ヤルチェさんが持っていたあの工具)


 あれは、よくできた呪具だった。

 香木を用いた柄に刻まれたものは、崩した〈完成された文字(シッダム)〉だった。ノザリアンナ呪術が細かに施されている、呪いを孕んだ工具だ。


(あれは、特別に用意されたものです)


 ヤルチェのためだけに(あつら)えた工具だった。主として扱われ、汎用性のあるものではない。ヤルチェの魔法を汚す、工具だった。


(許せない)


 あのようなもので、子どもの心の隙間に入り込む。狙い撃ちにする。


(〈魔女の騎士〉……)


 シェイラの敵だ。許すことなど、到底できない。


 アノンの亡骸が思い出される。

 シェイラは揺らめく怒りを、胸元の石を握り込むことで、どうにかやり過ごそうとする。



「──学院長を説得する方法を考えよう」



 口を開いたのは、黙っていたイディオンだった。ウショーとシェイラに、指針を示すような口吻だった。

 イディオンには、先日のロウェイン学院長とのやり取りを共有していた。ヤルチェが置かれた立場を知って、ウショーも自らの方針をあらためようとしてくれた。けれど、祭典で優勝を狙う学院長に阻まれたと伝えてあった。


 ウショーが顔を上げる。


「説得するとは……?」

「ウショー師、あなたは悪くない」


 イディオンは、落ち着き払った音を弾く。十九とは思えぬ、どこか為政者としての風格のある音だった。


「無論、あなたの方針が学環に影響を与えたのはまちがいない。だが、師もまた、祭典という行事(イベント)の影響を受けた行動だった。その行動を維持させているのが、学院長の方針や意向だった。これは、だれが悪いという犯人探しではない」


 シェイラは、不思議な気持ちでイディオンを見やる。

 なにも語り合っていないのに、シェイラとイディオンは同じことを思っているようだった。むしろ、イディオンのほうが、より物事から離れて見ている気がする。感情から遠ざかった、そんな物言いに聞こえた。


「相互に影響し合って、どこからか上手くいかなくなってしまった、そういう問題だ。ひとりだけの話ではない」

「……はい」


 ウショーが呑まれたように返事をする。背筋が伸びているようだった。

 だが、とイディオンはつづける。



「今回の場合、だれが悪くなかったとしても、学院長には方針をゆるめてもらわなければならないだろう」



 断定していなくても、確信めいた言い方だった。


「学院という組織である以上、そこで過ごすものは長の影響を直接的にも間接的にも受ける。学院長もまた花の祭典という枠組みに影響を受けるが、祭典を目指すのであれば、なにもひとつの手段にこだわらなくてもいい。それでもこだわるのは、上手くいく方法をそれしか知らないからだ。《《それしか知らない者に、組織に大きな影響を与える力がある》》。それこそが、問題だ」


 ウショーがひとつ肯く。考えに及んでいなかったことに気づかされた、そういう肯きだった。


「ならば、学院長にそれ以外の方法があるのだと知ってもらえばいい」

「どのように……?」


 そんな方法があるのか、とウショーは首をかしげる。

 シェイラは思い至って、イディオンを見上げた。縹色に答える。



「……自鳴琴(オルゴール)



 シェイラのつぶやきに、イディオンは、肯定するように口角を上げる。


「自鳴琴をどうする?」


 まるで、シェイラを試すようにイディオンは尋ねる。


「ヤルチェさんの、自鳴琴の魔法です」


 シェイラはイディオンに答えるようにしながら、ウショーにひらめきを伝える。

 きらりと、頭のなかが光った。



「ウショー師、ヤルチェさんの魔法を学院長にお見せしましょう。協力してください!」



 シェイラの突然の提案に、ウショーは筆頭教導師の貫禄を失って、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。


「どういうことです……?」


「全員壇上に上がりながらも、歌でも舞踊でもなく、モルリオールの街の素晴らしさと魔法を伝える方法はあるんです。それを見せましょう! 伝えるのではなく、見せるのが一番です」


 シェイラは興奮していた。ひらめきの確信。うまくいく、と直感を覚えるもの。セレリウスの振り子。イディオンの魔法を思いついた時。


 同じひらめきだった。

 そんなシェイラに、イディオンがやや呆れながらも、ほほ笑む。あとはシェイラに任せた。そんな信頼を感じる笑みだった。



「ロウェイン学院長を、唸らせてやりましょう!」



 シェイラは、明るい声を凛と響かせた。

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