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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第10章:ついてくる少女─後編─

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201話:やるせなさ

 縹渺(ひょうびょう)たる原野を歩いているような気分だった。

 魔導師ガルバーンによる大地の魔術で隔絶された、旧ノザリアンナ呪了国は今や青白い炎と茫漠とした原野が広がるのだという。


 シェイラはそこに{転移}したような心地で、学院から旧市街へと至る篠懸(プラタナス)の道を歩む。放課後を越えた時間、夜闇が訪れる頃合い。ところどころに置かれた街灯のみが照らされて、日中明るかったはずの道は、原初の闇に沈んだようだった。

 今日が、新月だったからかもしれない。



「──シェイラ!」



 呼ばうのは、イディオンだった。前方から、小さな迫持門をくぐって、シェイラのほうに駆けてくる。


 シェイラは、ぼんやりと顔を上げる。

 銀と縹、雪白の長外套(ローブ)の色に、ほっとする。彼の姿は、いつだってシェイラの暗い気持ちをやさしく照らしてくれる。無性に泣き出したくなって、けれど、たえた。


(年上なんですから……)


 みっともない姿は見せられない。

 このやるせない気持ちの理由は、あとできちんと説明して、助言をもらおうと頭を切り替える。


「なにかあった?」


 イディオンは少し焦っているようだったが、シェイラを見ると、立ち止まってそんな言葉をかけてくる。


 なぜ、わかるのだろう。

 そんなちょっとした言葉かけにも、イディオンの思いやりを感じられる。我慢したはずのものがゆるみそうになって、内心で首を振る。つとめて、冷静な声音で答えた。


「……いえ、大丈夫です。あとで話します。それよりも、イディさんこそ、どうかしましたか?」


 シェイラがそう返せば、イディオンの目は一瞬揺らいだ。シェイラへの気づかいを載せながらも、自分が持ってきた話題のほうが重要だと判断したのだろう。幾許もなく、返答があった。



「ヤルチェという娘のことだ」



 返答に、シェイラは、ひゅっと息を呑む。


「なにかあったのですか?」


 重要な話題だった。イディオンの判断は正しい。


「一度家に帰ってから、また外に出たらしい。学院の友だちに会ってくると言って、外に出たとか」

「はい」

「陽が沈んだのにまだ帰ってこないということで、お父君が心配されていた。特に、今日は……新月だから」


 イディオンが夜空を見上げる。


 新月の夜は外に出てはいけない。それは、古くからの言い伝えで、確信をついたものだった。

 新月の夜は、魔が近くなる。呪術を行使するのに最適な日取りでもある。


「ヤルチェさんの行動でなにかおかしなことは?」

円盤(ディスク)を持って出たらしい」

「円盤?」

「友だちに見せてくると言って、新しく作ろうとしている自鳴琴の核となる円盤を持っていったとか」


 その円盤と呼ばれるものが、シェイラにはよくわからなかった。けれど、以前会話した記憶が思い出される。

 自鳴琴の魔法について、とても誇らしげに楽しそうに話していた姿を。


「ヤルチェさんをさがしましょう」


 とても、いやな予感がした。


「ああ」


 イディオンが肯く。


「そう思って、彼女の物を借り受けてきた」


 懐から、彼女が愛用しているという工具が出される。尖った、なにかを刺して削るようなものだった。版画を削る時の工具に似ている。


「さがせるか?」


 シェイラは肯いて、イディオンから、工具を受け取る。右手にそのまま工具を、左手の人差し指と中指を立てる。


 闇の魔術を詠唱する。光の届かない隙間にでも入り込む闇は、〝さがすこと〟にも長けている。

 {捜索}の魔術。{探索}や{索敵}に類似する、所有物から所有者をさがす魔法。


 イディオンの魔導は、この手の〝さがす〟魔法と相性があまりよくないのだという。想像がつかない場所や人、物を探すことは、具体的な表象が難しくなって、逆算に揺らぎが生じやすくなるというのだ。魔術をそのまま表象したとしても、精度が低くなるという。


 呪文を唱えれば、シェイラの二本指には、モルリオールの地図が浮かび上がった。指の幅を調整して、縮尺を制御する。

 そのうえに、透けた羅針盤が浮かんだ。時計盤とも星辰盤とも似た意匠は、大魔導師サージェストと十二人の弟子たちを模した図案文字で位置がわかる。


「いました」

「どこだ?」

「新市街です」


 地図と羅針盤が明滅している。


「{転移}陣のある公館……その裏にある防霧林だと思います」

「行こう」


 シェイラが言えば、イディオンは地面を蹴った。宙に浮かぶ。シェイラもつづいて腰に翅を広げれば、ふたりで、防霧林を目指した。



 〜*〜



 新市街を選んだのは、ヤルチェのなかにある罪悪感と、それからモルリオールの旧市街への愛おしさがあったからかもしれない。好きな場所で、今からすることをしたくなかった。

 防霧林を目指したのは、その場所が新月の夜であっても薄ぼんやりと明るい場所だったからだ。自分がやろうとしていることに、少しでも光がほしかったのかもしれない。


 ヤルチェは、乳白カエデの切り株に座しながら、そんなことを思う。

 無意識に重たい息が漏れた。


「はやくやろ……」


 つぶやく。

 立ち上がって、ヤルチェは振り返った。今座っていた切り株に、持ってきた円盤を包んだ布を敷いて置く。


 ヤルチェだけの自鳴琴の魔法。


 完成間近のそれが、木々の明かりをわずかに反射して、浮かび上がって見える。


『エレ川の舞姫』


 その舞踊劇の旋律を刻んだ円盤は、父の魔法を継ぎ、母の思い出を刻む魔法だ。


 これに、穴を空ける。もらった打ち抜きで、完成させる。そうすれば、きっと、ヤルチェは解放される。


 枯れた向日葵(ヒマワリ)

 そう呼ばれる、どうしようもない自分から。


(父さん、母さん……)


 あたしはやるよ。

 この打ち抜きで、あたしの魔法を完成させて、それできっと、娘として立派に立ち上がってみせる。あたしをばかにするどうしようもないやつらに、打ち克ってみせる。


 打ち抜きを振りかざした。新月の見えない輝きが、闇と影を孕む。


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