200話:方針の却下
ウショーは言うと、扉を押した。
シェイラの視界に、学院長室の中央にある長卓と、座している学院長が入る。
「──これはこれは! シェイラ師!」
ロウェイン学院長は手を広げて立ち上がると、大仰に歓待を示す。
「いつも、ご足労をありがとうございます」
変わらず、揉み手であった。わかりやすい愛想を貼り付けたようにシェイラを見る。
シェイラは、今聞いた話を脳内で咀嚼しながら、ロウェインの挙措ひとつひとつを見逃さないようにした。
「ありがとうございます、学院長」
笑みを向ける。
「今ちょうど、ウショー師からお話をうかがったところでございました」
「おやおや、なんのお話でございましょう?」
道化のようにロウェインはおどける。
「祭典のことについてです。ウショー師の学環はよく観させていただいているので、そのことについてお話をしておりました」
「ほう?」
「ウショー師の方針だと、魔導師のたまごが育たない可能性がございますと、わたしから率直に申し上げていたのです」
シェイラの言動に、ウショーから気づかわしげな視線が送られた。
ウショーの言葉を噛み砕いたうえで、シェイラは、ロウェインに対していた。ウショーに非がいかないように言葉を思い浮かべていく。
「ですから、祭典の演目で子どもたちの参加方法を調整するのはいかがと提案申し上げておりました」
ヤルチェの姿が頭にちらつく。
「参加、というのは全員がその演目に一から百まで参加することではありません。どのような形であっても、本人たちが役割を持っていること、あるいはそれ自体を楽しんでその場にいられること。広義なものと捉えます」
シェイラはつづける。
「そういった多様な参加方法があるほうが、どんな子も一緒に過ごしやすくなります。子どもたちは、自分の強みや好きなことを自分たち自身で理解することができるようになっていきます。得意な魔法をより深めることも。ですから、わたしのほうから提案しました。そのほうが、学院長もよいとは思いませんか?」
いささか挑戦的な口調に聞こえただろう。
シェイラが眼光にそのような感情を載せれば、対するロウェインは飄々とした様子で、だが鋭く刃を下ろした。
「──思いませんねえ」
ロウェインは、優雅にのたまう。
「それでは、我が学院はモルリオールの祭典で優勝を逃しましょう」
「……どういうことです?」
「悲願なのでございますよ」
ロウェインは、ゆったりと歩く。踵から爪先までの動作がゆっくりで、壇上を踏みしめるように石床に敷かれた絨毯を歩む。
「モルリオールは歴史のある古い街です。フィシェーユのなかでも、特に古い」
「……はい」
「自鳴琴の技術が持て囃され、歴史のある建築があり、景観もよいことから、盛夏ノ休暇には観光客も多くやって来ます。とてもよい街なのですよ」
「…………」
「だが、花の祭典で優勝し、選ばれてきた自鳴琴の市民団体は、これまでアベルの月の建国祭では最優秀を飾ったことがない。三王に選ばれたことがないのですよ」
ロウェインは、悲しげに眉根を寄せる。
「これだけ歴史のある街だというのに、芸術魔術の国フィシェーユにおいて選ばれたことのない街なのでございます。それはとても、虚々しくは思いませぬか、準師?」
「……そうですね」
たしかに、そうなのだろう。街の歴史を誇りに思っていれば、特に。
「ですから、私は我が学院の演目で伝統的な市民団体を打破し、建国祭への出場をつかみ、最優秀を狙う。この虚しさに終止符を打ちたいのです。ウショー筆頭教導師であればそれができると、これまでの戦績から確信をしております」
ロウェインのその声音には、演技ではない熱が籠もっていた。ロウェインが真剣に思っているであろうと聞こえる声だった。
「そのためには、ウショー師のこれまでの指導法が重要なのですよ」
ロウェインは、シェイラを見据える。
「たとえ、準師のお眼鏡に叶う子がいたとしても、厳しく導いてやり、皆で壇上に上がって演目を仕上げることが、伝統を打破するためには必要なのです」
「……では、合わない子たちはどうなるのですか」
シェイラの問いは、胸底から這い上がってくるものだった。
指導の仕方を変えない結果、陰に追いやられてしまう子たち。
「──また次の機会にがんばればよいでしょう」
ロウェインは、さらっとそう言った。
「うまくいかないというのも人生は、往々にある。そういうことを学院に通っているうちに経験することも世渡りをしていくうえでは必要でしょう」
そんなことはだめだ、とシェイラの奥底は叫び声を上げる。
「ここは学びを得る場所。学問のみならず、人生の旅路を学ぶこともまた、魔導へと至る道につながる。学院とはそういうところなのでございます」
うっとりと、ロウェインは言う。
シェイラは、とりつくしまもなく、そのまま優雅に学院長室を追い返されることになった。




