13.全てが終わって
あの事件から一週間。
かなりごたついていたけど、それもようやく落ち着きを見せた。
ウィーン・バレスチア様の処遇は、国の国賓ともいえる聖女に手を出そうとするのは本来なら処刑ものらしいんだけど、私に怪我がなかったし、私のせいで人が死ぬのは嫌だったので、試しに刑を軽くはできないか殿下に言ってみたら──ここが重要なところだ──私の気持ちを汲んでくれたレイチェル様の口添えもあり、バレンチス家からは勘当されてしまったが、国境の北の領地で、国を守るために駐屯する新卒の兵として、みっちりと鍛えさせられるという、刑としては軽く思えるものに落ち着いた。
が、北の駐屯地には鬼神の如き兵たちが集まっており、訓練だけで走馬灯が見えるほどに厳しいらしい。
そんなところに、あのひょろメガネ様が飛ばされるのは、ある意味下手な処刑よりも厳しいんじゃあ……と処分を聞いた皆が口々に言っていたので、罰としてはまあ良かったのだろうか。
それより、ゾイドさんが以前、私への告白の時に、いっそ北の駐屯地に志願しようかと思っていた、と言っていたことを思い出し、そんなところに彼が行かずに済んでよかったと、こっそり安堵した。
とりあえず二度とこちらに来ることはないらしいので──というより、訓練でボロ雑巾になるまで諸々を吸い取られて逃げ出す気力も体力も残らないらしい──これでようやく私は乙女ゲームの呪縛から逃れられたのかなと肩の荷が下りた気分だ。
件の男爵令嬢は、私への罪は大したものじゃなくても、横領に関しては罪を免れず、結局男爵家は取り潰しになった。
彼女もすぐに学園を退学処分になったからその後は分からないけど、こればかりは私にはどうすることもできないので、強く生きてほしいと思う。
で、ようやく一息つけた心地になったところで、本日はレイチェル様との定期的なお茶会の日である。
レイチェル様とお茶を飲むようになって結構な日数が経ったけど、今日はいつもとは様子が違う。
というか、私とレイチェル様はいつも通りなんだけど、そこには別の面子も混じっていた。
「お、俺、あ、いや、私を、ま、まさかレドロギア様とのお茶会にお呼びいただけるとは、恐縮です……」
「そんなにかしこまらないでちょうだい。私の大切な友人の婚約者であるあなたとは、一度お話ししたいと思っていたのよ」
うふふと手を口元にあて優雅に笑うレイチェル様を前に、私の隣に座るゾイドさんが緊張しているのが手に取るように分かる。
普通はそうなるよね。彼女が転生者だったから、今は私もレイチェル様と緊張せずに仲良くしていられるけど、ゾイドさんは違う。
そもそも数いる貴族達の中でも、レイチェル様は別格なのだ。
貴族の中で頂点と言っても過言ではない、公爵家のご令嬢。しかも未来の王妃。伯爵家の出で、しかも家を継がない次男以下となると、パーティーで姿を見かけて、運が良ければ一言二言会話できれば関の山だ。
そんな人とお茶を飲むなんて、彼女と繋がりを持ちたい人々からしたら羨ましい限りだろう。
……でも、ゾイドさんが緊張する理由には、もう一つ心当たりがある。
「あ、あの、失礼を承知でお聞きしたいのですが」
「何かしら」
悠然と微笑むレイチェル様を前に、ゾイドさんはどう切り出したらいいのか分からないようで、言葉が続かずもう一度レイチェル様らへんを見た後、私に困ったように視線を送る。
うん、分かるよ。
私も慣れたとはいえ、さすがに今回のパターンは初めてだ。
今日の守護霊様はいつもの定位置ではなく、なぜかレイチェル様の下にいた。椅子の上に座る守護霊様の上にレイチェル様が座っている形で、私たちに飛ばす目つきは相変わらず険しい。
しかしレイチェル様は全く動じることなく、いつものようにティーカップを音も立てず持ち上げて一口飲み込んだ後、にこりと笑って言った。
「椅子よ」
そうだ、気にしたら負けなのだ。守護霊様の奇行は今に始まったことじゃない。
そして殿下と顔を合わせる機会が増えてきたゾイドさんもそろそろ彼のこういうところはツッコんだら負けだと分かってきたようで、ここは空気を読むことにして、とりあえずその椅子には触れない方向で話を進める。
「えーと……、私は上司から厳重注意と一週間のトレーニング三倍増しの罰は受けましたが、勝手に詰め所を離れ、学園内に無断で侵入した件についてはそれ以上は特に大きな処罰は下りませんでした。これも殿下とレドロギア様の口添えがあったからだと聞いております。ありがとうございます」
「そんなの当然よ。アイを守るためにあなたが起こした行動は正しいわ。もしあそこで時間を食ってしまっていたら、可能性は低かったかもしれないけれど、目が覚めたウィーンが拘束をといて、アイを別の場所に連れ去っていた可能性もあったんだもの」
改めてレイチェル様から語られる私のあったかもしれない未来の話に、今更ながらぞっとする。こうして何事もなく無事に帰ってこられたのは、本当にゾイドさんのお陰だ。あと、私が密かにあの男に手を下していたかもしれない可能性も潰してくれたし。
思わずぶるっと身震いしていると、それに気付いたゾイドさんがテーブルの下でぎゅっと、安心させるように手を握ってくれた。
互いになんとなく見つめ合っていると、レイチェル様がうふふと声を上げ、私たちに生暖かい視線を送ってきた。
「アイの口からは常々、あなたへののろけ話は嫌というほど聞かされていたけれど、お互いに本当に想い合っているのね」
その言葉に、ゾイドさんの頬が赤く染まる。当然、私も同じような感じだろう。だって顔が熱いから。
だけど次のレイチェル様の一言で、その状況は一変する。
「頭に血が上ったあなたがアイの口付けで止まったという話も、今の二人を見ていたら納得できるわ」
「え」
何の話だと言わんばかりに、ゾイドさんの顔が固まる。同時に私の身体からごっそりと熱が抜ける。
「レ、レイチェル様、その話は言わないでって……」
私は慌てて彼女の言葉を遮ろうと声を上げたけど、そんな私などお構いなしにレイチェル様は尚も続ける。
「今回の件も、例の二人を題材にした恋愛劇の脚本家に伝えたら、そのことも急遽組み込まれることになったそうよ。うふふ、今から上演が楽しみだわ」
「お前ら二人の話に興味はないが、レイと観劇を見に行くという機会を与えてくれたことには感謝している。当然俺と共に行ってくれるよな?」
「だって愛をテーマにした演目なのよ? 愛する婚約者のあなた以外と行くはずがないじゃない」
「任せておけ、君の美貌を一層引き立てるドレスを用意して送ろう。ならば今から最上級の生地から仕立てさせねばな」
喋らないはずの椅子様とお話しするレイチェル様を前にして、仲がいいなとかそんなことを考える余裕はこちらにはなかった。
「あ、の、アイ様、今のは……」
何の話だと言わんばかりに、隣から痛いくらいの視線が突き刺さるのを感じる。繋いでいた手を解いて逃げ出したい衝動に駆られたけど、それを察知したらしいゾイドさんが握る指先の力を強める。
実はあの時のことを、私はゾイドさんに説明しなかった。
勿論大まかな流れは伝えたけど、いわゆる、プッツンしたゾイドさんを止める為に強引に唇を奪ったことと、再起動させるために殿下の物理的な力によって二度目の口付けをしたことは、説明から省いていたのだ。
だって恥ずかしいじゃないか。
私のキスであなたは動きを止めたんですよ、とか、自分で言えと?
ましてゾイドさんはそのことを覚えていないのに。
それに、レイチェル様じゃないけど、私だって初めての口付けはなんていうか、もっといい感じのシチュエーションがいいというか、あんな縄で縛り付けた変態と殿下の前で仕方なく行ったやっつけ仕事みたいなのはカウントに入れたくなかった。
当然、二度目のそれだって、一度目以上に認めたくない。
……というのを洗いざらい全部吐き出す。
どうせごまかしきれない。まして劇にも盛り込まれるなら。
あとからその観劇を見て真実を知るより、先に私の口から説明した方がいいと腹を括った。
半ば自棄になりながら私が言い放った内容に、途中顔色を赤くしたり青くしたり白くしながらもゾイドさんは黙って耳を貸し、最後まで話し終えると、ため息を吐きながら眉間に皺を寄せ、そのまま俯く。その為彼の表情は読み取れないけど、少なくともプラスの類でないことは分かる。
「ゾイドさん……?」
やっぱり隠してたから怒ってるよね? 謝れば許してもらえるのかな。というか、言わないでって言っていたのになんでレイチェル様も喋っちゃうんだろうと、少しばかり恨めし気な視線を彼女に送ると、いつの間にか殿下との会話をやめてこちらの様子を面白そうな表情で伺っていたレイチェル様は、そんな私などどこ吹く風で、代わりにわざとらしく、少女のように無垢で可憐な笑顔を向けた。
……絶対確信犯じゃん。しかも脚本家にその情報流すとか、レイチェル様もなかなかに人が悪い。
ついでに、俺の婚約者にそんな目を向けるな、ねじり切るぞと言わんばかりに、ぎろりと椅子兼守護霊様ががんを飛ばしてきたので、慌てて私は視線を逸らす。
と、ここでゾイドさんが立ち上がると、目前の二人の尊き立場の御仁に首を垂れる。
「誠に申し訳ないのですが、本日はここでお暇させていただきたく思います」
「ええ、構わないわ。また時間を作ってお話しましょう」
レイチェル様から許可が下りるや否や、ゾイドさんは即座にその場を立ち去る。当然手は繋がれたままだったから、私も引きずられるような形で一緒にだ。
助けてほしいと唇をパクパクさせたけど、返ってきたのは手を振って見送るレイチェル様の満面の笑みと、さっさと去れとばかりにしっしっと手で追い返すウィリアム殿下のうっとおしそうな視線だけだった。




