14.掴んだ幸せ
お茶会から連れ去られ、公爵家から寮へと戻る馬車に乗ってからも、ゾイドさんはずっと無言だった。
重い空気に耐えられなくて、私は隣に座るゾイドさんに思わず声をかける。
「あの、ゾイドさん……、ごめんなさい、私勝手なことをして」
けれど彼は首を振って、少しかすれたような低い声で唸ったあと、
「アイ様が謝る必要なんて全くないです。それより、そんな大事なことを忘れていた自分がショックで……。謝るなら俺の方です」
そう言って私に向き直ると、深々と頭を下げた。
「告白だって先にアイ様にさせてしまったから、せめて初めての口づけくらいはビシッと決めたいって思ったんですけど、俺、駄目駄目ですね」
大きな体をこれでもかというほどに丸め、小さくなるゾイドさんはなんだか可愛いけど、彼は真剣に落ち込んでいる。
「ゾイドさんは全然駄目じゃないですよ。いつもカッコいいし優しいし、私の自慢の婚約者です。それにあの時のアレは、私も思っていたシチュエーションじゃなくてぶっつけ的な感じだったので、むしろ忘れててくれて私はほっとしてたんです」
ウィリアム殿下にさえ見られていなければレイチェル様の耳に入ることもなかったし、私の胸に留めておくだけで済んだんだけど、こればっかりは仕方がない。
「不可抗力……そう、事故みたいなものですよ、事故!! だから、ゾイドさんが気に病む必要は全くないので、頭を上げてください!!」
そう言うと、ようやくゾイドさんが顔を上げてくれた。
「はい! じゃあこの話はこれでもうおしまいってことで。いいですね?」
「………」
けれどゾイドさんはそれには答えず、代わりに別のことを口にした。
「アイ様が嫌じゃなければ、やり直しさせてください」
「え? 何の……」
言い終わる前に車輪が大きな石でも踏んだのか、馬車が一瞬大きく揺れる。そのせいで私の身体はバランスを崩してゾイドさんの方に大きく傾いたけど、彼が肩を抱いて支えてくれたので倒れることはなかった。
「ありがとうございます。えっと……」
けれど揺れが通常のものに戻っても、ゾイドさんは掴んだ手を離さず、そのまま私の身体を自分の方へ向かせる。
いつものように優しい双眸なのに、今のゾイドさんの瞳は何かを渇望しているような強い感情が覗いていて、見つめられる私もそれに倣うように体が熱を帯びていく。
彼が言っていたやり直しの意味。
この状況でそれが分からないほど私も馬鹿じゃない。
本当はゆっくり近づいてくるゾイドさんの顔を近くでもっと見ていたかったけど、気恥ずかしさの方が勝ってしまい、諦めて目を閉じる。
軽く触れるだけのものだったけど、少なくとも前の二回が帳消しになったのは確かで、気持ちが高ぶった私たちは熱に浮かされたように二度、三度と繰り返した。
そして馬車がスピードを落とし始めたところで私たちは自然と身体を離し、照れながらも見つめ合い、幸せを噛みしめた。
それから一年もしないうちに、私の一つ上だったレイチェル様が学園を卒業と同時にウィリアム殿下と結婚して、すぐに双子の王子を出産。王子達が三歳になる頃には王妃殿下となられた。
身分も違うし、在学時よりもますます多忙になったため面会する機会はぐんと減ったけど、手紙のやり取りは欠かさないし、半年に一度は王城に呼ばれて気軽なお茶会を楽しんでいる。
ウィリアム様は、国王陛下になってもレイチェル様への溺愛ぶりは相変わらずだけど、信用はしてもらえたのか、私とのお茶会に守護霊として参戦することはなくなった。
ただ、ゾイドさんへの指令は未だに続いており、ゾイドさんは定期的に、美味しいスイーツ店をリストにして陛下に献上している。
で、私はというと、ゾイドさんとのやり取りを公衆の面前で劇として披露されて学園ではそれをネタにからかわれたりしつつ、卒業してからゾイドさんと無事に結婚できた。
料理の腕は、死を覚悟する不味さから何とか咀嚼できる不味さにランクアップしたけど、家族に倒れられたら困るので、なるべく料理はお手伝いさんかゾイドさんに任せるようにしている。騎士団のお手伝いも継続中だ。
ちなみにゾイドさんは順調に出世し、最年少で第三騎士団の団長になった。
ゾイドさんと同じ若草色の瞳と、私と同じ黒髪を持つ可愛い娘もできた。
が。
子供の前ではうっかり筋肉愛が垂れ流されないように、細心の注意を払っていたんだけど、これも私の血を受け継いだせいなのか……。
娘も私と同じく、立派な筋肉ウォッチャーになってしまった。
でも仕方がないかなとも思う。なにせ生まれた時から間近に惚れ惚れするほどの筋肉があったのだ。これで筋肉ラバーにならない方が無理がある。
そんな私にそっくりの好みを持つ娘と、ゲームでは攻略対象じゃなかったゾイドさんと家族になった私は、もう元の世界に戻ることはできないし、ゲームのヒロインとは全然違うルートを選んだけど、今こうして幸せなので後悔はなかった。




