943 トラウマを植え付けて
彼に限ってそんなことはないだろう。
(だって、彼はヘウンデウン教を恨んでいた。そんな人が、ヘウンデウン教に属しているエトワール・ヴィアラッテア……ないしは、ヘウンデウン教と同じことをするはずがない……じゃない)
グランツはいつだって闇魔法の人間を嫌っていた。それは祖国を滅ぼされたからだ。誰だって、自分の生きていた場所を奪われて正気を保てるはずがない。彼のうちにある闇魔法の人間に対しての憎悪と殺意は並のものではない。
そんな彼が手を貸すことなんて……
信じられないと私が地面をボート見つめていれば、アルベドは隣でため息をつく。
「気持ちはわかる……が、あいつ以外上手く動けるやつはいないだろう」
「で、でも、彼はヘウンデウン教を恨んでいた!エトワール・ヴィアラッテアにどれほど忠誠を誓っていたとしても、人の根本的なところをかえるなんて無理じゃない」
それがたとえ洗脳魔法だったとしても、本能が邪魔をするだろう。
グランツは絶対にそんなことしない。そう私の中では思っていた。しかし、アルベドは私の意見に対して頷かない。まるで、自分の意見が正しいとでもいうような、自分は間違っていないとでも言いたげな表情だ。
ううん、私はわかっていたのかもしれない。
エトワール・ヴィアラッテアの洗脳がどれほどのものなのか、彼を奪われた悲しみを私は覚えているはずなのに……
信じたくないのは私だ。私の心だ。
(グランツが、ヘウンデウン教に手を貸した。それって、彼が記憶を取り戻した時、どれほどのショックを受けるか……)
結局彼女は使い捨ての駒としか思っていないのだろう。グランツも自分を愛でてもらうための一つの道具としか思っていない。エトワール・ヴィアラッテアはそんな女なのだ。分かっていたはずだ。彼を奪われたときからずっと。
私は頭を抱えた。
グランツに最悪のトラウマを植え付けた。グランツは現在洗脳されているから、自分がやっていることに対して何の違和感も感じないだろう。それがむしろ良かれと思ってやっているかもしれない。でも、彼にとってそれは一番やりたくないことのはずなのだ。
闇魔法の――しかも、祖国を滅ぼしたヘウンデウン教の手先になってしまったこと。前の世界でも似たようなことは起きたが、あれはヘウンデウン教というよりも、どちらかといえばトワイライトの単独犯だった。それに彼がついて行った感じなのだ。だが、今回は訳が違う。
自ら進んで、ヘウンデウン教に手を貸したのだから。




