第十三話 分からない
書いているうちにハルちゃんとデネブが自分の中でもお気に入りキャラと化しました。肝心の主人公とヒロインが全然出てこないとか言わないでください。
「笠木君、ちょっといい?」
放課後に俺を呼び止めたその声の主は、予想外の人物だった。
「…春川?」
長い髪の毛をポニーテールにした、真帆より少し背の高い少女。名字しかハッキリと覚えていないが、フルネームは確か春川愛華といったはずだ。
「話があるんだけど」
彼女の目は、真剣そのものだった。
「…奇遇やな。俺も話があるんや」
俺は春川を連れて空き教室へ行った。ここなら誰も来なさそうだ。
「…で、話って何や?」
春川は少し黙ってから恐る恐る言った。
「真帆のこと、何か知ってるの?」
難しい質問だ。確かにこの数日で真帆のことは色々知ることになった。家がどこなのかも、彼女が誰を好きなのかも、例え他人であろうと死にそうになっていたら助けるお人好しさも。しかし今春川が聞いているのはそういう類いのことではないだろう。
「んなもん俺が知りたいわ、アホ」
「じゃあ質問変える。洗脳ってどういうこと?」
「…勘違いや。忘れろ」
今朝パニックになって言ってしまったことを、この女は覚えていたらしい。厄介なことになった。このまま彼女にまで踏み込まれると、また1人犠牲が出てしまう。…というのもあったが、「勘違い」というのはあながち嘘ではなかった。
クラスメイトは洗脳されていた。それは事実だ。洗脳にかかっている人間の目はどことなく虚ろになるのだが、昼休みの間にクラスメイトの目を確認したところほとんどの生徒の目が普通だったのだ。本当に洗脳されていたのはごく一部の生徒だけだった。
天界からの洗脳はせいぜい2日程度で解ける。しかし真帆へのいじめが完全に天界のせいではないとすると、彼女のこれから先の学校生活はどうなってしまうのだろう。
「ねえ、お願い。知ってるんだよね?」
「何をや」
「わかんない。…でも、笠木君は何か知ってるんでしょ?私の知らない真帆のこと」
この女は何の根拠があってそんなことを言っているのだろうか。しかも勘違いでも無いのだから性質が悪い。
「…もしも、や」
俺は春川に向き直り、言った。
「もし長月がレズやったとして、お前の中で何か変わるんか?」
「変わらない。変わるわけないじゃん、真帆は私の友達なんだから」
そう言い放った彼女は、覚悟を決めた表情をしていた。──この女、見た目は気弱そうなのに意外と強い。
「あいつのこと、頼むで」
天界で生まれてから今まで、自分は強いと思っていた。少なくとも織姫の幸せを祈って自分の存在を隠す覚悟を持てる程度には。しかし俺のその覚悟は本当に「強さ」なのか、春川を見ていると分からなくなってしまった。
──ひょっとして俺は天界からじゃなく、織姫から逃げていたんじゃないのか?
もう何も分からなくなって、小さく「じゃあな」と言って教室を出ていくしかなかった。窓の外の夕焼けがやけに綺麗で、その近くに立っている春川の悲しそうな目が、一瞬だけ最期の日に見た織姫のそれと重なった。
俺は、弱い。




