警告
遅くなってしまいました。
私はこれまで私達に起こった事の顛末について全てを話した。ナターシャさんは終始無言で私が話し終わる頃にはカップに入ってあった紅茶を飲み終えていた。
「......つまりお前の兄は何かを隠していると?」
「はい。ナタ、......聖騎士様の家に着いたら話すと言っていたんですけど」
「私の事はナターシャさんで良い。......そうかこいつが――」
そう言うと空になったティーカップを机に置き、ルークの目の前に立つ。そして――
「――そろそろ起きんかこのアホッ!」
「痛ってぇーーーッ!!」
ゴンッ! っと鈍い音がルークの頭から発せられる。それと同時にルークはソファから崩れ落ち、床に顔を打ち付けた。
「起きたか」
「――......此処は何処だ?」
「私の家だ」
「......ナターシャ?」
「さんを付けろこの阿呆が!」
涙目のルークを無視して再び、対面のソファに座る。殴られた頭を摩りながらルークも同じようにマリアの座っている隣に腰を落とした。
「お兄ちゃんが眠っている間に全部話したよ」
「......そうか」
「後は、お前が知っていて妹に話していない事を話してもらおう」
「ッ! ――そうだったな」
ルークは腰に挿してある魔剣を鞘から抜くと、テーブルの受けに載せた。それを見たナターシャは一瞬、目を見開き、驚愕を露わにするが直ぐに元の顔に戻る。
「――これは......」
「あんたなら知ってると思ったよ」
「これはあいつがカルッソスから出て行く時に神殿から盗み出した物だ」
「盗んだのかよ」
あのバカ親父何やってんだ。
「ねぇ。これってそんなに凄い物なの?」
ナターシャは視線で『話していないのか?』と尋ねるとルークは静かに頷いた。
「ふむ。......マリア、お前は昔起こった神々による戦争の事は知っているか?」
「え? はい、確か悪い邪神と善良な神が世界を賭けて争ったって言うアレですよね?」
「簡単に言えばそうだ。戦争に勝利した神々は賢者オリンエリアスと共に十柱の邪神を十の器に封印したと言われている。そして、その一つは目の前にあるこの剣だ」
「え? えぇぇぇぇぇーーーーッ!? それ何かの冗談ですよね?」
「冗談でも何でもない。私もカルッソスに行った時一度見たことがある」
「お父さんが人の物を盗むなんて信じられない」
「驚くところそこかよ! 邪神だぞ!? 神様が目の前にあるんだぞ!?」
「うーん......でも封印されて悪い事出来ないんでしょ?」
「話を戻すが。ルーク、お前が隠しているのはこれだけでは無い筈だ」
「......」
突然の事で息が詰まった。しかし、そんな事もお構い無しにナターシャは言及を続ける。
「まさかとは思うが、お前あの邪神と契約してはいないよな?」
「契約はして無い」
「契約はして無い。と言う事はあいつと話はしたのだな?」
「ッ! ......あぁ」
「何を言われた」
ルークは咄嗟にマリアの顔を見た。そして、自分に問いかける。
ここで話してしまえば確実に妹を巻き込んでしまう事になる。でも、もしこのまま隠したとして本当にマリアを守る事になるのか?
その時、ふとマリアの言葉を思い出す。
――私を何から守っている?
親父は何かから俺達を守って死んでいった。俺はもう何も分からないで家族が死んでいくのは嫌だ。それはマリアも同じだろう。
だったら俺の取る行動は一つだ――
「――昨日の夜、トルエラさんが俺に話し掛けて来たんだ」
「トリエラさん?」
「そこの剣に封印されている邪神の名だ」
「えぇ!」
「驚くのは後にしろ、――それから何を言われた?」
「......今夜、お父様と戦いになるって言ってました」
「お父様......ッ! まさか!」
――ガルバルディア。
その事ばを聞いた瞬間、真っ先にその名前は頭を過ぎった。全ての邪神を生み出した存在。世界を守護する三十九柱の神々でさえ殺す事が出来ず、次元の彼方に追放するしか方法がなかったと言う。
信じたくはないが、邪神にお父様と呼ばれうる存在なぞ一つしかない。
もし、その事が本当であるならばこの国の、いいやこの世界の危機が迫っていると言う事になる。
「一応確認するが邪神の言うお父様はガルバルディアの事だな?」
「あぁ」
「ガルバルディアって誰ですか?」
「全ての邪神を生み出した神だ。戦争があった時、十の邪神は倒し、封印する事だ出来たがガルバルディアだけは封印する事だ出来なかった。だから、この世界とは違う別の世界に追放した」
そう、追放した。あいつはこの世界からいなくなった筈なんだ。
「そんな......私達大丈夫何でしょうか?」
「大丈夫ではない。この世界が滅ぶかもしれんな......」
「じ、じゃあどうすれば?」
「落ち着け、一先ずルークの話を最後まで聞こう」
ナターシャはマリアを落ち着かせると再び目線をルークへと戻す。
「まずはナターシャに会って来いと言われた、聖騎士なら戦力になるって。あと、私と契約すれば力が手に入る共.....」
「それは邪神が言ったのか?」
「そうだけど、何かおかしいか?」
「ふむ。私達聖騎士はどうして力を持っていると思う?」
「それは神様から力を貰ったからだろ」
「そうだ、神々と契約してこの力を授かった。私が疑問に思ったのはここだ」
「?」
「通常、契約と言うのはどんなものであれお互いの同意が必要なのだ。もし、無理やり契約を交わそうとするとそれ相応の返しが自身にやってくる」
「つまり?」
「ここまで言っても分からぬか。邪神は人間の事を大層嫌っている。だから、契約するのは無理だっと言うことだ邪神側から契約を申し込んでくるなぞ聞いた事が無い。何かの裏を感じる」
「話した限りそんな感じはしなかったけど」
「ふむ、......ではこの際、その事は置いておこう。――今は今夜に向けて出来るだけ戦力を集める」
そう言うとナターシャはソファから飛び降り、客間から出て行ってしまう。しかし、直ぐに戻って来た。片方の手には短剣が握られており、もう片方の手には手紙に使う便箋と筆ペンを持って戻ってくる。
「手紙?」
「そうだ、他の聖騎士達に手紙を書いて応援に来てもらう」
「今から書いても遅いんじゃないか?」
時刻はもう直ぐ昼ごろ、始まるのは日が沈んでからだから猶予はおよそ半日。幾ら速く馬を走らせたとしても近くの国に着くまでに一日から二日掛かってしまう。
「大丈夫だ。馬や人の手で手紙を運ぶならお前の言ったぐらい掛かるだろうが、今は魔法の技術が発展してる」
「魔法で手紙を送るんじゃない?」
早々に書き上げた手紙を文面を確認し、息を吹き掛けインクを乾かすと封筒に入れる。そして、つまめる大きさの封蝋を握ると手が燃え上がりドロドロの封蝋が封筒にたらす。最後に首飾りの様に首に提げてある印璽をぺたりと押した。
「――よし、これを冒険者組合の受付嬢に渡して『聖騎士ナターシャからの手紙を預かった』と言えば通してくれる」
「何でこ「早く行け。今は時間が惜しい」...分かったよ」
「行くぞマリア」
「うん、お兄ちゃん」
ルークは渡された手紙をマリアに渡すと小物入れに大事そうに入れた。そして、二人は駆け足で扉を開け、冒険者組合に急ぐ。
「――アルクめ......勝手に逝きおって」
カップを片付けていると不意に声が聞こえてくる。
『悲しんでいるのですか?」
「ッ! エレオス様...」
『ごきげんよう、私の化身ナターシャ。お元気そうで何より』
短剣の柄に埋め込まれてある碧い宝石が光り輝き、室内を明るく照らす。その神々しいく暖かい光はまるで赤ん坊が母親の腕の中に抱かれている様な安心を感じさせる。
しかし、ナターシャの表情は暗い。何故なら此方から話しかけても反応しない神が自分に声をかけてくる時は決まって神々の間で何か問題が起こった時だけだ。それも、唯の問題ではない。神々が対処しきれない程の事......。そう、例えば世界的に滅亡が迫っている様な、そんな問題があった場合。表立って動くことが出来ない神達が私達に頼って話かけてくる。だからナターシャは神に話しかけられるのは好きではない。
いや、はっきり言って嫌いだ。
「貴方もお元気そうで......して今日は何の御用で?」
『何時も話が早くて助かります。――今、この世界に良くない風が舞い込んでいます』
「もしかして邪神関係ですか?」
『なんと......それは誰からお聞きに?』
「邪神です。その情報源によればもう直ぐ近くいると言います。遅くても今夜戦いになるかと」
『同じ邪なる者達には何か感じ取ったのでしょう。それに――予想より相手の動きが早いですね。先んず、封じてある邪神は人の子らが何かしない限りは放っておいても問題ないでしょう。しかし、気を抜いてはいけませんよ?』
ガルバルディアが近くに居ると言うのに何故かエレオスは驚いた様子はなかった。
「分かっております」
『あの憎きガルバルディアが虚無牢から脱獄しました。この事を重く考えたお母様は各地に散らばった全ての神を招集、『三十九柱の集い』を......――』
三十九柱の集い。それは一柱の神が対処しきれない程の問題を抱えた時、各地に司る神々を最高神のいる天界に集まり、話し合いを行う会議の事。私が聖騎士になる遥か昔に邪龍ノベムについて開いて以来、唯の一度も開いたことはなかった、魔王は人間領に攻めてきた時すら行わなかったと言うのだから今回の件は最高神でありサルハルテ様は相当重く受け止めているのだろう。
『......お話を再開しても宜しいでしょうか?』
「――申し訳ありません。考え事をしていました。続きをお聞かせ下さい」
『では......『三十九柱の集い』を行った結果。――当初、謀反を起こした聖騎士達を対処する為に用意した三十九人の使途達を事の原因である邪神ガルバルディアの調査、及び件に関係する全ての者の排除という事と相成りました』
「件に関係する全ての者......とは?」
『人の子達に託した『十崩器』の破壊。邪神教徒や十崩器の担い手達の排除。そして、最大の目的は邪神ガルバルディアとそれを協力した者の抹殺。と言った所でしょうか。また、紛失した十崩器に関しては使途を降臨させる際に『神託の神マディス』によって在り処が分かるでしょう』
その言葉が終わると共にエレオスの声が徐々に小さくなっていく。
「エレオス様?」
『実の所、今聖騎士と接触出来ているのは私だけなのです』
「妨害、ですか?」
『左様。他の神も何度も試みてはいますが余り芳しくはありません。貴方と私がこうして話しをする事が出来た事は正に奇跡。創造神に感謝しなくてはなりませんね』
神の行動を妨害出来る者なんてこの世界にはいない。神に対抗出来るのは神だけ。まさか邪神が? いいや、有り得ない。幾ら神とて全知全能ではないのだ、各々対応する権能に関する事でしか力を行使する事は出来ない。ガルバルディアの権能は『簒奪』、つまり神と聖騎士の会話を妨害する事は不可能なのだ。
「心当たりはありますか?」
『ぼ、害にかんす■こ■■わ、りません。しかし、この件に■■て■■■す、為に先行して■■の使■を調査、対処に向っております。貴方の情■はその■■達に伝えて■■ます。それまでどうか耐えて■■■■――』
ついに神の声は聞こえなくなり、光輝いていた宝石も元に戻ってしまった。
「......マリア、ルーク。間に合ってくれ」
ナターシャは他の聖騎士に送った手紙が少しでも早く届くように祈るしか出来なかった。




