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176.空腹でサリシュは起きる

イシュデン、居城の隠し部屋にて。アトロスの母のサリシュは、空腹のために目が覚めた。


ぐぅうう・・・

「お腹、減ったわ・・・」

小さく呻くようにつぶやいて、サリシュはベッドから身を起こした。


ぼーっとしてから、考える。

今は何時ぐらいかしら。

この部屋には窓がないので、不規則な行動をしてしまうと、あっという間に時間がわからなくなってしまう。サリシュは、棚の上に置いてある時計を見た。


お昼近くになっていた。

とはいえ、眠りについたのが朝だったのだから、当然といえば当然だ。

むしろわずか数時間で目が覚めてしまったようだ。空腹のために。


朝食を食べなかっただけでこんなにお腹が減るとは、なんて自分の胃袋は規則正しいのだろう。


普段ならば、規則正しく夫のイングスが朝の時刻に朝食を持ってきてくれる。だが、昨日からいろいろあった。

祭壇がつないだ、どこかわからない場所にいる人たちと会話もして、それらが一段落したのが今朝。

イングスもその時にこの部屋を退出していった。きっとイングスもそれから一眠りしているだろうと思う。

つまり、夫がご飯を届けてくれるような状態にはなかったし、今も届いていなくて当然だ。


はぁ。でも、おなかが減ったわ。

空腹のためにため息をついて、サリシュはとりあえず水を飲むことにした。

水だって、残りが少ない。困ったわ、と、サリシュは思った。

空腹でなんだか悲しくなりながら、夫に心で呼びかけてみる。

イングス~、お腹が減ったわ。早くご飯を持ってきてー、あなた。


「・・・はぁ」

サリシュはため息をつきながら、祭壇の前にゆるゆると移動し、祭壇の壁を少し撫でて呼んだ。いつものくせだ。

「お父様ー」


祭壇は、すぐにローヌにいる父親に繋がる。

『・・・サリシュ。この時間は会議中だぞ』

「・・・あら、そうだったかしら。ごめんなさい、お父様」


『急ぎか。朝は連絡が無かったが何かあったか?』


急ぎではないけれど、とてもいろんなことが起こっている。

「ちょっといろいろ大変なのよ・・・」

とはいえ、父に話してもどうすることもできないように思うけれど。

はぁ。

お腹が減って、気力も落ちて知らずため息が出る。


『!! お前たち! 今日の会議は中止だ! 終わりだ!』


空腹で反応の遅くなったサリシュの耳に、ローヌにいる父親側のあわただしい動きが入ってきた。

「??」


ぼーっと待っていたら、大きな声で、父親の声が入ってきた。音がハッキリ大きくなったから、話しやすい部屋に移動してきたのかもしれない。

『サリシュ! 一体どうした、ため息など! イシュデンで何かあったのか!? あいつめ、サリシュを悲しませることをしやがったか、サリシュ、帰ってこい、そんな町捨てて、アトロスを連れてローヌに帰ってこい!』

「・・・え?」

サリシュは耳を疑った。父が突然、必死に自分に帰ってくるように訴えはじめたのだ。


『つらい目にあったか、どうした、だからあれほど止めたのに! 早くローヌに戻ってこい、安心して戻ってこい!』

「・・・えーと、お父様?」

お腹は減るし、父親はいきなり意味不明に訴えてくるし、サリシュは無意識にまたため息をついてしまった。


『そんなにつらいのか! ため息などついて! あいつめ、なんということだ!!』

「・・・」

どうやら、父は夫のイングスに怒っているらしい。

まぁ、そりゃ、イングスがご飯を持ってきてくれていないから、お腹が減ってるんだけど・・・。


あ、そうか、お腹が減って、私、気持ちが落ち込んでいるから・・・。口調やため息を聞いて、お父様ったら、私を思っていろいろ勘違いしてるんだわ。

「お父様、ごめんなさい、私、お腹が減ってて・・・あの・・・だから、別にイシュデンにいることは問題ないのよ?」

『腹が減っただと!? 満足に食べさせてもらっていないのか!』


「あ、えーと、ごめんなさい、あのね、いつもは大丈夫なの…」

困ったわ、と、サリシュは思った。


もともと、イシュデンという町は評判がとても悪い。

結婚だってものすごく反対されたのをなんとか頑張って認めてもらったのに、どうやら、自分がため息をついてしまったのがきっかけで、普段は隠していた『イシュデンなど捨ててさっさと安全なローヌに戻ってこい』という気持ちがどっと表に出てしまったらしい。


「お父様、お父様、心配してくださってるのね、ごめんなさい、ありがとう。でも、大丈夫なの、私については、問題ないわ」

空腹で、また知らずため息が出そうになるのを、サリシュは努めて抑えて、父親が心配しないよう、明るい声になるように気を配った。


そうだ、それに、話しておきたいことがある。

「あのね、お父様。会議はもう良いのね? 大変なことが、起こっているの」

『会議は終わらせた、一体どうした・・・!』


「あのね・・・」

サリシュは、ローヌにいる父親に、自分たちの状況を伝えた。

町に来た商人の娘が祭壇を使ったことで行方不明になったことは、すでに伝えてある。

だから、それを踏まえて・・・。

息子アトロスが、祭壇の向こう側に行ってきたこと。

ローヌの情報機関『BB』の精霊、ケルベが、深く関わってきたこと。

トートセンクという者の事。

セフィリアオンデスという者の事。


話しているうちにサリシュは思い出した。

「それから、アトロスが、祭壇の向こう側の世界で、パンデフラデ=トータロス=プラム という人と会ったと言ってるわ」

『パンデフラデ=トータロス=プラム?』


「一緒に戻ってきたみたいなのだけど、ここには現れなかったわ」

『・・・! アトロスは無事か!?』


「え?」

『熱など出していないだろうな。大丈夫か!?』

父の声には、いつもの安否を気遣う以上の、必死さを感じた。


「熱? 分からないわ。だって、アトロスは、今この部屋にはいないもの。どうして?」

サリシュは不安に襲われた。


『お前は、パンデフラデ=トータロス=プラム について、調べてみたか?』

「いいえ、まだ・・・」

父に話をしている中で、思い出したぐらいだ。

それに、早朝までの会話のあと、さすがに疲れてすぐ眠ってしまったから、調べる時間などなかった。


『今、ワシが調べた。パンデフラデ=トータロス=プラム・・・。病で、長く隔離されている者だ』

「え、病? 隔離?」


『そうだ。待て・・・』

父は、会話しながら、同時に調べ物をしているらしい。

そして父なら、通常は見られないような奥深い情報まで調べだしていることも多い。


『発熱、それから・・・どうやら形状異常が起こる。死に至るはずだが、元来丈夫だったのか、生きながらえているようだ』

「えっ、それって・・・。うつりやすいの? 治療方法、あるわよね?」


『・・・毒だな』

と、父が言った。

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