177.サリシュとモリジュ
「毒?」
『後継者争いで巻き込まれたようだ。非常に珍しい毒があるものだ・・・。あぁ、なるほど・・・。気を付けろ、うつることがある』
「えっ、待って、熱が出るのね? どうしたらいいの!?」
サリシュも必死になった。万が一、アトロスにうつっていたら大変だ。
『アトロスは無事か?』
「だから、ここにいないから分からないわ!」
『・・・』
祭壇の向こうで、ローヌにいるサリシュの父親は黙った。
「お父様?」
『サリシュ、お前は、いつまで、そうやって部屋にこもっているつもりだ?』
父は言った。
「え、だって、だって、外に出ると、忘れてしまうのだもの!」
『そうだな。だが、アトロスが病気かどうか、お前は、傍にいてもやらない』
「それはそうだわ、でも、」
『だから、ローヌに帰ってこい』
と、父親は言った。
「でも、」
『アトロスを連れて、ローヌに帰ってこい。イシュデンの町の斧によって命を落とすのだ。イシュデンを出てしまえば良い。そんな町。いつまでそこに閉じこもっているつもりだ。アトロスの傍にもいてやらない。腹が減っても、待つことしかできない。なんのためにお前はそこにいるのだ。ローヌに戻ってこい。皆でともに暮らせばいい』
「ローヌにはイングスがいないもの。イングスは領主だもの、イシュデンにいないと」
フッ、と、ローヌの父親は鼻で笑った。
『祭壇で毎日連絡を取り合えばいいではないか。昔のように』
「嫌です!」
『サリシュ、お前は、よく考えろ』
ローヌにいる父親は言った。
『いいか、お前は、そこを出ていけるのだ』
サリシュは返す言葉が出てこなかった。
空腹でいつもより頭が回らないのもある。
「・・・今日はここで。お父様」
サリシュは祭壇の通信を終了させた。返す言葉がなかったから。言葉が出てきそうにも思えなかった。
***
おなかが減って、サリシュはとても悲しくなってきた。
寂しい。悲しい。
サリシュは部屋を見回した。
見慣れた、青白い光を放った、イシュデンの居城の隠し部屋。
しょんぼりとした。
早く会いたい。イングスかアトロス、早くここにきてくれないかしら。
そう、ここでは待つことしかできない。
実感した。
***
イシュデンの町の北西の池-石見の鏡-の傍を通って、さらに北西に行くと、石見の塔と呼ばれる塔が建っている。石造りの高い塔。そこには老婆様が住んでいる。
イシュデンに暮らす人たちはみな、一生に一度、この石見の塔に呼ばれて、石見の塔に入ることができる。
石見の塔の老婆様に、運命を教えてもらうために。
***
イシュデンの町には、モリジュというおばあさんがいる。
一生に一度、みんな運命を聞きに石見の塔に行くというのに、ずっと自分だけ、まだその日が来ない。
いったいいつだろう、と楽しみにしていた。どんな運命を聞かせてもらえるのかしら、と。
ずっとずっと運命の日はやってこなくて、祖父母も両親も兄弟もみんな亡くなってしまった。夫も亡くなった。
娘と息子は一人ずつ、無事に育って結婚もした。
娘の方が先に運命の日を迎えた。
なるほど確かにその日、自分にもわかった。
『明日、マチルダの運命の日だわ!』といった具合に。なぜだかピンと来た。
娘と息子の運命の日も分かったし、孫も生まれて、町一番の長生きのおばあさんになったのに、まだ運命の日は来ない。
家族は、私が運命の日をまだ迎えていないことを不思議に思っていた。
老婆様は、私の運命の日を忘れてしまったのじゃないかしら、なんて私も思った。
孫たちは、運命の日を迎えていない私に、だからまだまだ長生きするのよ、なんて言ってくれた。
運命の日を迎えずに亡くなるなんてありえないから。
そうなのかしら。どうなのかしら。
ある日、イシュデンの町に外から商人がやってきた。
親子連れだったみたいだったけれど、子どもが行方不明になってしまった。町のみんなで、町中を探した。
そうしたら、池で、死体が見つかった、という話が出てきた。
死体? まぁ、なんてこと・・・。
胸がとてもざわついたの。
思ったの。私、石見の塔に行かないといけないわ、って。
石見の塔に、行かないといけないの。
どうしてかしら。
あぁ、私の運命の日なの?
北西の道を歩いて、石見の塔にたどり着いた。
驚いたわ。
扉が開いているの。初めてみたわ。私を迎え入れようとしていると思ったわ。
行かないといけない、って。そればかり思った。
足を踏み入れたの。
中は、暗かった。何かがいるような気がした。
ぽぅ、と、壁の下のほうが灯ったの。虫が光っているような、小さな光だったわ。
見つめていると、光が少しずつ灯っていく。壁に沿って、階段がついている。
私は少し不思議に思ったわ。
だって、私は、今まで、たくさんの人たちに、『運命の日』がどんなものか、聞いてきたの。
みんな、同じことを言っていたわ。
扉が開いていて、足を踏み入れたら、もう、とても高いどこかの部屋の中に入っていたんだ、って。
左側に窓がついていて、そこから、とても高いところにいるんだってわかる、景色がずっと見えるんだ、って。
それなのに、話に聞いていたのとは、ずいぶん違うみたい。
でも、階段が、一段ずつ照らされて、この暗い塔の中、浮かび上がっていくの。
私を呼んでいるのだと思った。
階段をのぼることにしたの。一歩ずつ、ちょっとずつ。
階段は塔の中、壁にそってついていて、私はぐるぐる階段を登っていくの。
そして、不思議ね、やっぱり、何かがいるような気分がするの。
とても大きな大きな何か。そこにいるの。でも、とても静かなの。
静かで、静かで、とても悲しいの。
階段をずいぶん登ったわ。
でも、あまり疲れは感じなかった。
登ったら、向こう側が明るく見える、光がこちら側まで通ってくる、不思議な扉があったの。
中央に、不思議な模様が描かれていたわ。
なんだか、向こう側は、賑やかに思えた。




