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173.聖斧を持ち出す

「ね? だから、僕に、斧を持たせてください」

と、アトは頼んだ。


オクロドウさんは、持っていた日記を手放して、アトを両腕でぎゅっと抱きしめた。

「アト様、アトロス様」

涙を浮かべて、オクロドウさんは、アトの顔を見えるようにして、そして言った。

「腕は、元に、戻りまセン。失ったものは、戻らないのデス。私の小鳥たちが決して戻らないように。一体…」


アトも悲しくなって、うん、と、頷いた。

「はい。オクロドウさん」


僕は、腕の先が無い。

小さい頃に、事故で失ったと聞いていた。きっとこの斧で切り落としてしまったんだ。


でも、その時に誰かが言った。『これで助かったな』って。助かったな、良かったな、って。

僕は生きている。


腕の先が無くなって、今まで、特に不便だなんて、あまり思ってなかった。

最近、ちょっと色々、考えちゃうけど。あれば良いのに、これができたかもしれないのに、って。

もしかしてこれからどんどんそんな風に思うのかな。とても気になっていくのかな。


腕は、戻らない。分かってる。代わりのものは、手に入るかもしれないけど。

戻らないってことは、大丈夫、分かってる。もう無くしたものだから。


アトの目の前でボロボロ涙を流して泣きだしたオクロドウさんに、アトは労わるように微笑んでみせた。

「大丈夫、オクロドウさん。僕は、おかしくなんて、なってないです」

斧から記憶をたくさん伝えられて、ちょっと変になってるかもしれないけど、それは内緒。


「オクロドウさん、オクロドウさん」

アトは優しく言った。

「知ってます。腕、僕の腕は、戻らない。ごめんなさい」


オクロドウさんがまたギュっとアトを抱きしめた。

アトは言葉を続けた。

「ごめんなさい。あの、僕はそう言って、斧を持ち出したいんです。オクロドウさん。止めてくださってありがとう」


「どうして」

とオクロドウさんが泣きながら尋ねた。

「どうしてもデスか」


「はい」

アトは優しくゆっくり頷いた。

「だから、お願いします。腕が戻るかもしれないなんて言いだした僕に、オクロドウさんは根負けして、僕にその斧を持たせてください。どうか、お願いします」


オクロドウさんの目が泳いだ。とても迷っているのだとアトにもよく分かった。

オクロドウさんは、じっとアトを見詰めたり、自分が踏み押さえている銀色の斧を見詰めたりした。

そしてアトを抱きしめていた腕をほどいた。アトから身を引き、服の袖を使って涙を拭いた。


「アト様。ちゃんと覚えていてくだサイね」

オクロドウさんはそう言って、体を後ろにずらす。


オクロドウさんは、重そうに聖斧を持ちあげながら、立ち上がった。

「立ってください、アト様。良いですか、重くて無理ならそう言ってくだサイね。腕を出して、そうデス」


オクロドウさんはアトに指示を出して体勢を整えさせて、アトに渡すため、斧を慎重に構えた。

「アト様、私は、これであなたが亡くなったら、もうどれだけ、悲しくて泣くコトか。良いですね、絶対、自分の命を大切にしてくだサイ。分かりましタね? 良いデスね?」


「はい」

「絶対、約束ですよ、無理せず、自分の命を大切にするのデスよ!」


「はい」


オクロドウさんは、アトに、銀色の聖斧をゆっくりと持たせてくれた。

まるで、何かの授与式みたいだ、と、アトは思った。背の高いオクロドウさんからアトに渡された、聖斧。


「ありがとうございます、オクロドウさん」

アトは笑顔を見せたが、持った聖斧の刃の部分は大きくて、オクロドウさんからはアトの目から上ぐらいしか見えていないだろう。


「ハァ」

オクロドウさんが、深いため息をついた。

「アト様は、意外に、頑固デス」

「あはは」


「さぁ、では、扉を開けまショウ」

「はい。お願いします」

アトは両腕で聖斧を抱えているので、扉など自分で開けられない。


カチャ、とオクロドウさんが、閉じた物置の扉を再び開いた。パァア、と、天井に光が戻ってくる。

体をひねって、アトは、壁に現れていたはずの青い扉の方を見た。


あそこを通れば、母のいる部屋-領主たちの緊急避難用に作られた隠し部屋-に行けると、今の自分は知っている。

うん。そっちは大丈夫。母に会いたい時に、使えばいい。


今は、この斧を持って父に会いに行こう。


「アトー!? どこだー!!」

「アト様ー!!」

扉を開けた事で、居城の中、アトを探しまくっている声が聞こえた。


「お友達がたくさんアト様を呼んでいマスね」

オクロドウさんが言った。

「どうしマスか、アト様。斧、邪魔では?」


「えっと・・・」

たった今、持ちだしに成功したところながら、アトは思った。

うん、なんだか邪魔になりそうな気もするなぁ。でも、今持っておかないと、オクロドウさんに取り上げられて片づけられてしまっても嫌だし。

「とりあえず、頑張って持ってみます」


「そうデスか。・・・頑固デスねぇ」

聖斧を持ってヨロヨロと歩きだしたアトを、どこか心配そうに眉をしかめつつ、オクロドウさんも並んで歩きだす。

物置を出て、右側が鏡張りになっている廊下を歩く。鏡張りになっているので、アトは歩きながらチラと横目で自分の姿を見た。大きな銀の斧を抱えてあるく、自分の姿。とても重そうだ。

わぁ、これ、大変だな。と、アトは今更ながらに思った。


ちなみに、この場所が鏡張りになっているのは、アトの祖母、キアラが思っていた『身だしなみに便利だから』という理由ではない、と、今、聖斧を持ち運んでいるアトには分かる。


結局これも、教皇が攻めてくることを危ぶんだ昔の領主たちが、建築家の一人としてやってきたクリスティンと相談し、このようにした、つまり万が一の防犯対策なのだ。

鏡で、ここまで来た兵をギョッと驚かす事ができる。そしてこの鏡張りの後ろ側には隠し通路があって、そちらから廊下の様子を見る事ができ、姿を隠しながら敵を確認することもできる。

その隠し通路の先は、今、母が使っている隠し部屋に繋がっている。


とはいえ、実際教皇が攻めてくることはなかった。

だから余計、霧の影響もあって、鏡にしたそもそもの理由なども忘れられたのだ。


ヨロヨロとそんな記憶を斧から思いだしながら、アトは片面鏡張りの廊下を歩き、角が来たので右に曲がった。


「あっ!! アト! 探したぞ!」

曲がった途端、アルゲドの声がした。


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