172.記憶とナナキーナ
あぁ、そうだ、これ、僕の記憶じゃない、斧に残されている、斧が伝えているだれか大昔の記憶だぞ。
と、アトは思った。
うん、自分の記憶じゃないって言うのは分かる。
でも、たくさんたくさん、分かって、分からなくなる。自分の記憶じゃないのに、自分の記憶じゃないって、分からなくなるぐらい、いろいろ、分かる。
これは、領主が残してきた記憶を、領主に伝える事ができちゃう、不思議な斧なんだ。
アトはため息をついた。
「あぁ・・・ナナキーナが絡んだから・・・」
だから、普通じゃない事も起こっちゃうんだ。
ナナキーナは普通の人じゃなかった、と、記憶がアトに教えている。
ナナキーナは普通の人にはできないことを簡単にした。
この建物も、クリストフステインが・・・
ん? クリストフステイン?
あぁ、ナナキーナがちゃんと呼んでくれなかった、だからクリスティンって名前でいいやとか・・・
「ナナキーナ、デスか?」
オクロドウさんの質問に、アトはまたハっと我に返った。
「え、と。えー」
アトはまた頭をこすった。
あぁ、確かに、なんだかちょっとマズい気がする。
「ナナキーナ。イングス様が、調べて欲しいと言った昔の人の名前デス。アト様は、その人について、知っているのデスか?」
「うん・・・知っているっていうか、なんだか分かっちゃうみたいです」
「それなら、イングス様に、ナナキーナについて、説明をお願いしマす」
「うん・・・分かる事だけなら・・・あれ、でも」
アトは不思議に思った。
父だって、この斧に触れれば、ナナキーナの事、分かりそうなのにな。
それとも、斧をしまいこんでしまったから、思いだせなくて、忘れてしまったのかな。それ、ありそう。
「とにかく、アト様、この斧はアト様に良くありまセン! イングス様の注意書きに、とても恐ろしい事が書いてあったでショウ。もう、早く片付けまショウ!」
「あ、その事だけど」
と、アトは若干、沢山の情報にうんざりしながら、答えた。
「きっと、もう、大丈夫な気がするので・・・」
「どうしてデス?」
「うーん、なんだか、それはもう終わった気がするんだけど、もう大丈夫だって誰かが」
「あいまいデス! それで命を落としたら大変デス!」
「えー・・・」
必死のオクロドウさんに、ちょっと言い返す言葉は出ない。確かに自分の命の問題だし。
でもなぁ、でも、なんだか昔、すでに何かがあって・・・。
アトはまた腕で頭を軽く抑えてから、ふと気付いて腕の先を見詰めた。
あれ?
アトは、腕の先と、銀色に輝く斧を見詰めた。
あれ? あれれ?
「アト様?」
心配そうにオクロドウさんが見詰めているのを、アトはマジマジと見つめ返した。
アトは呟いた。
「僕・・・この斧で、腕の先を無くしたのかも、しれません」
なんだか思いだしてきた。
腕の先が無くなったと思われる日の事を。
なんだか・・・あぁ、気になる、でもぼんやりとしか思いだせない!
自分がとても小さかったから、そもそもの記憶があいまいなのかもしれない。
「えーと。オクロドウさん、あの、です、ね」
「なんでショウ?」
「僕、この斧で、腕の先、無くしたように思います。それで・・・それで終わったんです。きっと。だから、大丈夫、心配しなくて、大丈夫だと思います」
「それならどうして、今も隠すようにしまいこんであったのデスか! とにかく・・・」
「・・・この斧を持って、父上に、聞いてみたいです。何があったかを」
「・・・斧は置いていくべきデス」
「いえ、置いていくと、また、忘れてしまうかもしれないから・・・」
「そんな。忘れたりしまセンよ」
「いえ・・・」
あぁ、オクロドウさんは、知らないんだった。
イシュデンの霧が、記憶を、忘れさせていくっていう事を。
どんなふうに、何を忘れさせていくのか、さっぱり分からないけど。
オォ・・・
斧がまた変な音を出した。
そうだね、と、アトは知った。
それは、ナナキーナが、望んだからだ。
だから、そんな風に、なってしまった。
そして、ナナキーナは。
アトは気づいて眉をしかめた。
「え?」
頭に浮かぶ光景に、戸惑う。
石見の塔? どうして? ナナキーナ。
泣いている姿、それから、なんだこれ、バラバラに色んな姿が浮かんでくる。
でも。
アトは強く思った。
〝でも、絶対、自分たちを、見てくれない。遠くばかりを、いつも見てる”
これは。この気持ちは。
僕、昔、同じような何かを、感じた事がある。それは、僕自身の気持ちじゃなくて・・・。
「オクロドウさん、すみません、お願いします!」
「えっ?」
「これは、僕の責任です、僕がしたくてする事です、オクロドウさんは、十分止めてくれたのに、僕がやるって言う事なんです」
「・・・アト様」
「斧を僕に持たせてください」
「・・・重いデスよ。持てますか? アト様は、腕が」
「・・・縦向きにして…両方の刃の下に腕を通して、抱きかかえれば、持てます」
「・・・ダメです、とにかく止めましょう、危険すぎマス!」
「お願いです、どうしても」
「斧を持ってどうするんデスか」
「僕、そう、何か・・・。誰か、頼まれた気がします。助けて欲しいって、そう、母親を・・・」
「母親? それは」
「いえ、僕の母ではなく・・・いえ、僕は自分の母を助けようって・・・あぁ、だからそうだ、あのお兄さんが」
「待ってください、アト様。さっきから、言ってる事がめちゃくちゃデス!」
「オクロドウさん、もし、僕の腕が、元に戻るなら?」
「え? アト様?」
オクロドウさんはそれはそれは心配そうにアトを見詰めた。
「この斧で、僕の腕が、元に戻るなら?」
「・・・」
オクロドウさんは信じられないように目を見開いて、言葉を失った。




