171.記憶
「アト様、お願いデス! 見つからないように、扉をちょっと閉めてくだサイ!」
オクロドウさんは、一生懸命、まだ行かないようにとアトに頼んでくる。
「え・・・あの・・・」
困ったな。とアトは思った。
「私は斧をおさえているカラ、ここから動けません! アト様、お願いですから、アト様が扉を閉めてください、早く!」
「え・・・と・・・」
素直に育ったので、このように強く言われるとつい従ってしまう性格のアトは、外から小さく聞こえる自分を探す声を気にしながらも、あと少しだけ・・・と言い訳しながらオクロドウさんに言われたとおりに物置の扉をパタンと閉じた。
「わ」
「きゃ!」
途端、部屋の中が暗くなった。
うーん、この物置、一体どうなっているんだろう。
とアトは思ったが、扉に向かって背中側、つまり、逆の壁側から青い光が出ているのに気付いて、振り返った。
「扉・・・」
「扉デス・・・これは?」
明るい光が消えた中、壁にはっきりと、青い光を放つ扉が浮かび上がっている。
オォオオオ・・・
オクロドウさんが踏みつけている、銀色の斧が、妙な音を出して、アトとオクロドウさんはギョっとした。
「アト様、この扉は?」
少し焦ったような声で、オクロドウさんが青く光る扉について尋ねる。
「分かりません。いえ、もしかして・・・」
オォオオ・・・
斧が、不思議な音を出した。
「アト様。ゴメンナサイ、さっき閉めてもらいマシたが、扉は元に戻しまショウ! 斧がおかしいデス!」
オォウ・・・
「いえ」
アトは呟いた。
そんな事、知るはずはないのに、それを知った。
「これ・・・この光ってる扉は、領主用の、緊急避難用・・・えっと、急いで逃げるために作られた特別な扉です」
オォウ・・・
「この建物は、霧から、住んでいる人を、守るために、作られて・・・でも、同時に・・・急に攻めてこられた時に生き残れるようにって・・・」
「攻める? 霧は、人間を、攻撃するの、デスか?」
「いえ・・・。いえ、それに・・・」
アトは自分自身を不思議に思った。どうして、僕、そんな事を知っているんだろう。
昔に聞いて思いだした? いや、そんな感じじゃない。
そんな感じじゃなくて・・・。
オォウウ・・・
斧の不思議な音に、アトはオクロドウさんが頑張って踏みつけている銀色の斧に目をやった。
「アト様、ダメです、触ってはいけまセン!」
オクロドウさんが焦ってアトが近づくのを止めようとする。この斧によってアトが命を落とすと、父が張り紙に書いていたのだから無理も無い。
それでもアトは斧に近寄って、座り込みながら押しとどめようとするオクロドウさんに負けず、斧の銀色の刃を腕で触った。
オォウ・・・
「・・・」
ふと蘇った記憶。
キアラちゃん・・・自分のお婆ちゃんの、言葉。
『アトロス。これはね、お守りよ。忘れないための、領主のお守り』
次に、大きな深い、おじいさんの声。
『お前たちは、すぐ忘れる・・・。代わりにワシが覚えていてやる。ワシが死んでも・・・この聖斧を見ろ、この聖斧は、ワシたちの記憶を残すという。これからも・・・』
「この聖斧は・・・」
この聖斧は、何だ。
思うと、すぐ答えに気付く。
「この聖斧は、イシュデンのお守りで・・・」
そう、イシュデンのお守りで。
「イシュデン領主の記憶を助けてくれて・・・」
そう、まるで、何かを・・・
「霧に包まれた記憶から・・・霧を払ってくれる・・・だから思いだす・・・」
「アト様?」
傍のオクロドウさんが、不思議そうな、うかがうような、奇妙な目でアトを見詰めた。
アトの脳裏に、笑いながらこれをくれた人の・・・絶対アトは知らないけれど、でもなぜか知っている気がする人の姿が、思い浮かんだ。
これは誰だろう。
これは、ルオーサ。ルオーサが、造った、結婚祝いに、くれた、斧。
気に入って・・・誰が・・・。
誰が・・・ナナキーナが気にいって・・・。
結婚祝いに斧だなんて断ち切るつもりか縁起でもない、と、文句を言ったけど、ルオーサは、斧は偉大だ、町づくりが仕事の俺たちだ、斧でなにが悪い、というかナナキーナとの縁なんて断ち切られろとか言い放って・・・
ナナキーナはこの斧を美しいと喜んで・・・
この世界に美しさがあるのかなんて言って喜んで・・・
「アト様!」
強く呼びかけられて、アトは、ハっとした。
「え、あれ?」
「大丈夫デスか!? とにかく、この斧はキケンです、アト様は触ってはいけないデス、すみません、物置の扉を開けてくだサイ、秘密の時間は終わりデス、斧も片づけなくテは!」
「えっと」
アトは周囲をキョロキョロと見回した。
少しボゥっとした間に、なんだかとても遠いどこかにいってきちゃったような気持ちがする。
「えーと」
暗い中、壁に現れている光る青い扉に自然と目が留まる。
「あ、あれ、あの扉」
アトはまだ少しボゥっとしながら呟いた。
「あれ、うん、あの扉、大丈夫、開けてアッチに行きましょう。たまに通らないと、いざという時に使えないと大変だから」
「・・・アト様? 大丈夫ではありませんネ? あぁ、お願いですから、その青い扉は忘れまショウ、物置の扉だけを開けてくだサイ! 私はこの斧を押さえていますカラ!」
「大丈夫ですよ、あれは、教皇が町に攻めて来た時に逃げられるようにって。避難用の扉なんです」
なぜって、教皇は、報告を聞いて・・・。
神様が落ちてきたと報告をしたのに、調査に来た人の半分が倒れ、亡くなってしまったと言う報告に・・・
そこは神ではない、神様を語る化け物がいるのだ、と・・・。
神の落ちてきた場所などと言われては・・・困ると・・・。
「アト様! アトロス様! しっかりしてくだサイ!!」
オクロドウさんは必死に訴えている。
「大丈夫・・・いや・・・」
あれ、ちょっと大丈夫ではないような気もするぞ、自分。
と、アトはまだぼんやりしつつも思った。
「んー・・・」
アトは、腕で頭をこすった。
なぜか、たくさんの事がいっぺんに分かるような気持ちで、一度にそれを持つのが大変な、整理しなくちゃ、なんて。ちょっと押しつぶされそうで。
なぜか分からないけど分かる、そうなるんだ、この斧は。
特別な斧。
霧を払う事ができる、特別な斧。
なぜって? 美しいとナナキーナが喜んで、唯一ナナキーナがこれは好きだと言って、だから、この斧がナナキーナを生きさせているんじゃないかなんて・・・。
今、現実に、ここにいる事をナナキーナが喜べる唯一の手段で・・・。
「アト様! アト様!」




