170.イシュデンと毒
驚きで、知らないうちにアトの口は半分開いていた。
酷い話だ。
オクロドウさんが、嘘をついてお金を貰った事もそうだし、お金持ちが、都合の悪い人を倒すために毒を探そうとしている話もそうだし、イシュデンが、来るだけで死んでしまうような、そんな町だと噂されているらしいのも、酷い。
オクロドウさんは、そんなアトの様子が少しおかしかったようで、ちょっと面白そうにほほ笑んだ。
「アト様、イシュデンの人たちは、毒は大丈夫デスね。毒に強い体を持っているのデス。だから、気付いていないのデス。でも、大丈夫ではない場合は、この日記の通り、倒れて高い熱が出て・・・黒くなって毛が伸びてしまうのでショウ」
「え、でも・・・え、だって、そうだ、オクロドウさんだって、そう、母上だって町の外から来たし、でも、無事です、そんな毒だなんて馬鹿な・・・」
「でも、私の小鳥たちは、ダメでした。私は、鳥たちが死んでしまったから怖くて、それ以上先に行きまセンでした。その場所には、体の小さな小鳥たちには十分な毒で、体の大きな人間の私には、無事な量の毒が流れていたのだと思っていマス。私は、恐ろしくて、それ以来池に近づいた事はありまセン。だから無事なのだと思いマス。または、この大昔に、半分が倒れて半分が生き残ったように・・・私は大丈夫な方の人間なのかもしれまセン」
オクロドウさんは少し遠くを思い出すように目を伏せて、続けた。
「・・・私は、その金持ちに、毒を見せてもらいマシたよ。とても小さなビンに入っていましタ。青緑色で、ちょっとドロっとしていて。イシュデンにつながっている川から、ごくたまに、流れてくる生き物がいて、その生き物からたまにとれると言っていまシタ。その生き物の血か何かかと思いマスが・・・。あまり流れてこないから、とても珍しいのだと。その生き物がなにか調べて欲しい、できるなら捕まえてきて欲しい、と」
「・・・あれ?」
少し間を置いてから気付いて、アトは首をかしげた。
とても思い当たる生き物が、石見の鏡-池-の周辺の森にいるような。
踏んでしまったら最後、踏んでしまった人についた体液を目印に、集団で襲ってくる、あの非常にイヤな・・・復讐ガエルと、勝手に名付けた、非常に迷惑なカエルが。
体液は元々は青色で、空気に触れていくうちに緑色に変色して粘り気を増す・・・。
「えっと・・・あの、その毒、とても臭いですか?」
「いえ、きっちりフタがしめてあったし、毒の匂いなんて怖くて嗅ぎまセンでした」
「そ、そうですか・・・」
なんか、でも復讐ガエルっぽい気がする、と、アトはなんだか焦りながら思った。
いやでも自分たち、カエルまみれになっても無事だけど・・・そうだ、だからきっと違う。
いや違う、僕たちイシュデンに暮らしている人は大丈夫って。
えっとでもまさか・・・。
「とにかく、イシュデンには、毒が、昔から流れていたのでショウ。黒くなって倒れてしまう毒が」
「・・・あの、思い当たる生き物がいますが、知りたいですか?」
アトの言葉に、オクロドウさんは、読んでいる大昔のイシュデンの日記に目を落とした。
「・・・悪いお話デス・・・毒は、秘密のままで良い。そんな毒、無くなった方が良いと思いマス。だから知りたくナイです」
「・・・分かりました」
アトは静かに答えた。
けれど、心の中はドキドキしていた。
イシュデンには、毒が流れてて。それは復讐ガエルの体液っぽくて。
イシュデンの人たちは大丈夫だけれど。大丈夫じゃない人もいて、その人たちには酷い毒になる、なんて。
そんな馬鹿な、いや、でもそうなのかもしれない、どうなんだろう。
アトは混乱しつつも、黒いフォエルゥ こと、パンデフラデ=トータロス=プラムの姿を思い浮かべた。
思い浮かべた姿に、心の中で呼びかけた。
まさか、ねぇ、キミ、イシュデンの毒なんてものに、やられて、その姿になってしまったの?
もしそうなら・・・
「・・・オクロドウさん、あの」
アトは、また日記を読み始めたオクロドウさんに、少しどこか遠くを探るような気持ちで尋ねていた。
「もし・・・その、毒を持っているかもしれない生き物を調べたら・・・黒くなった姿を元に戻したり・・・・治ったり・・・そんな、そう、薬が、できたり、しないんでしょうか?」
オクロドウさんは、無言でアトを見詰めた。それから、静かに答えた。
「そうデスね。それは、できるかも、しれまセン」
オクロドウさんは、続けて、ゆっくりと言った。
「きちんとそれが何かを調べ、知ったら。そして、その毒に勝ってイシュデンに住み続けている、アト様、あなたたちイシュデンの人が、その薬づくりに、協力すれば」
僕たちが?
アトはじっとオクロドウさんを見詰めた。
どうやって?
疑問の眼差しに、オクロドウさんは、言葉を重ねた。
「私は、薬の作り方は詳しくありまセン。でも、薬の町・・・いえ、私に毒探しを頼みに来たジャスイナンは危険デスから、別の医療が発達している町に。その生き物を持っていって…毒を消す薬を作りたいと頼めば。説明すれば。そして、アト様たちが協力を惜しまなければ。できる可能性がありマスよ」
覚えておかなくちゃ、と、アトは思った。
いつかまた会いたい黒いフォエルゥ・・・母の部屋の暖炉を通っていった世界で、混乱した自分の傍にいてくれた、本名パンデフラデ=トータロス=プラムに、もしかしてできることがあるのかも、しれないから。
「ところで、アト様・・・誰かが、呼びに来たようデス。どうしまショウ。扉を閉じて、もう少し隠れておきまショウか?」
「え」
アトは驚いて、耳を澄ませた。
すると、廊下で、誰か自分の名前を呼ぶ声がする。
アルゲドたちかな? どうして? 何かあったのかな。
行かなくっちゃ。
「アト様。あともう少し。もう少しだけ、時間をくだサイ」
と、オクロドウさんが、まるで言い聞かせるように言った。
「え。でも」
「お話したので、時間が短くなってしまいマシた。だからその分、時間をくだサイ!」




