169.オクロドウさんの秘密
あぁ、そうだ。
私は話しながら気がついた。
池に向かった半数が倒れた事も、きっと教皇に報告されただろう。
だから、「神様が落ちてきた」なんて報告もあったけれど、教皇はイシュデンには来なかったのだ。恐ろしい、危険な場所だから。
「・・・有名な、毒?」
アト様が確認するように尋ねてきた。
「ハイ」
返事をして、アト様の様子に私は思う。
あぁ、やはり、イシュデンの人たちは、その毒がある事を知らない。
なぜなら、ここに住む人たちは、その毒に強い。イシュデンの人たちには、それはもう毒ではない。
きっと初めに生き残った人たちが、イシュデンに住み続けたからだ。毒に負けない人たちが、住み続けた。
アト様が、日記を見詰めて難しい顔になっているのに私は気づいた。
「どうしまシタ?」
「いえ、ちょっと気になったので読んだのですが・・・『頭髪をはじめ体毛が異様に伸び、全体が黒く変化し』、とあって」
「ハイ」
「黒い・・・フォエルゥ・・・」
アト様は信じられないような、けれど何かを思い出すような顔をしている。
「?」
フォエルゥとは、アト様の飼っている大きな頭の良い生物の名前だ。アト様のフォエルゥは、白い生き物。どうして黒いなんて言うのだろう。
「あ、いえ・・・あの・・・」
アト様は何かを考えているようだ。
「あの・・・有名な、毒というのは、何ですか? 体が黒くなって、毛がとても伸びるのですか?」
私は静かに、口を開いた。
「アト様・・・私には、イシュデンの誰にも話していない秘密がありマス」
「・・・え?」
アト様は静かに驚いた。
「打ち明けたいと思いマスが、秘密にしていただけマスか?」
私はアト様を真っ直ぐに見詰めた。
アト様は少し驚いて瞬きをしたけれど、答えた。
「・・・分かりました。秘密にします」
知りたいと思った彼に、私は優しく微笑んだ。
「それは、良かったデス」
***
アトは、じっとオクロドウさんを見詰めた。
オクロドウさんは、大昔のイシュデン領主の日記を読んでいて、読めない文字を時折アトに確認してきていた。
その途中で、イシュデンの石見の鏡―池―には、毒が流れている、なんて話になったのだ。
そんな馬鹿な。なんて、アトは思う。
だって、自分たちは、小さな頃から、石見の鏡周辺に行っている。
池に行った誰かが毒で倒れた、なんて聞いたことも無い。・・・忘れていなければ、多分。
でも、オクロドウさんは、アトの知らない何かを知っている。
そして、とてもとても気になる事に・・・。
『黒くて体の毛が長く』って。
それ、なんだか、母の部屋の暖炉を通って行った世界で出会った、黒いプラム、どうやら名前はパンデフラデ=トータロス=プラムらしい・・・つまりこの大陸のパンデフラデという町の領主の家の一人、という事だが・・・の、見た目をとてもとても連想させるのだ。
え、パンデフラデ=トータロス=プラムって。
人間。
そう、人間。だって、この世界の、パンデフラデ領主の家の一人なのだから。
で、それで、
あの、黒いのは、毒のせい・・・?
まさか。まさかね。そんなことは、ないよね、きっと。
それでもアトはどういう事かと知りたくなる。
オクロドウさんは、その毒について、何か秘密を知っている。
そして今、その秘密を話してくれようとしている。
アトがじっと見つめているのを、とてもほほえましそうな顔をして、オクロドウさんは見詰めた。
「アト様」
オクロドウさんは話しだした。
「私は、カルヤクに住んでいまシタ。結婚して、子どもも生まれ、孫もたくさん生まれました。そしてふと、自分のやりたい事をやりたいと思いまシタ。私は霧の研究をしに、イシュデンに行きたいと思いまシタ」
「はい」
「イシュデンは、大陸では、あまり評判がよくありまセン。実は、むしろ悪い噂が流れていマス。だから、一人の孫以外は皆、家族が反対しまシタ」
「・・・」
悪い噂・・・。アトはやはりショックを受けた。
イシュデンって、こんなに平和で穏やかな町なのに。それなのに、大陸での町の評判が悪いだなんて。
オクロドウさんは話を続けた。
「とはいえ、孫が一人応援してくれたノデ、勇気を出して、私はイシュデンに行こうと思いまシタ。けれど・・・お金がとても必要なのに、十分なお金がありませんでシタ。家族は反対しているので、お金を貸してくれまセン」
お金。そんなにイシュデンではお金は必要ないと思うけれど? とアトは思った。
「カルヤクからイシュデンは遠いデス。旅にお金がいりマス。イシュデンで暮らすにも、お金は必要デシた」
そうなんだ、と、思って、アトは頷いておいた。
「とても困っていたら、私がイシュデンに行きたがっているというのを聞いたお金持ちが私のところに来て、仕事を頼んできマシた。それは、秘密の仕事でシタ」
なんだろう。と、アトは思った。
「イシュデンに、とてもとても有名な、秘密の毒があるという話をされまシタ。その毒は、『神の怒り』と呼ばれてイルと。イシュデンに行ってその毒を探してくれるなら、お金をくれるという話デシた」
「え」
アトは声を上げた。『神の怒り』? 聞いたこともないのに。
「話をしに来たのは…調べてみて知りましたが、昔から毒を使って、都合の悪い人を倒してきた町、領主の家の人たちデシた。ジャスイナン・・・『薬の町』と大陸では言いますが、毒も使いこなすのデス。とにかく・・・。私は、イシュデンに行きたかったデス。私も悪い事を考えまシタ、悪い人たちの頼みだから、毒は探さない、無かったと報告すればイイ、だから、探すと言ってお金を貰ってしまえばイイ、と。」
「!」
アトは目を見開いて、目の前のオクロドウさんを見詰めた。
オクロドウさん、思ったより、良い人じゃなかった!
「まぁ、どちらにしても、伝書用の鳥も、全部初めに死んでしまいマシた。だから、どうなっても、連絡できまセン」
オクロドウさんは、肩をすくめてみせた。
「もう数年たちマスから、もしかして、私も、もう死んだと思われているカモしれまセン。イシュデンとは、そういう怖い噂がある町なのデス」




