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168.ライスレッド=オクロドウ

一体、何が気になるんだろう。

この斧が僕を殺すって? でも、僕にはそんな運命、聞かされなかった。

けれど。

なに? 何かが、気にかかる。


一方で、アトは、尋ねた。

「・・・オクロドウさんは、イシュデンに来るのを、誰かに止められたりしなかったのですか?」


「・・・ハイ。止められまシタよ」

オクロドウさんは、日記を読みながら、ちょっと上の空のような返事をした。


邪魔をしちゃ悪いな、とアトは思って、それで口を閉じた。

が、オクロドウさんは、日記を読みながらの為、とても遅い速度で、返事の続きを口にした。

「息子にも、娘にも、止められまシタ。・・・三番目の孫が、応援してくれマシた」


あれ、今、何かすごい事を聞いた気がする。アトはすぐ傍のオクロドウさんを見上げた。

オクロドウさんは、ど真剣に、日記を読み進めている。

オクロドウさんはアトの様子には気づきもせず、日記を見つめたまま尋ねてきた。

「アト様。この単語はどういう意味デスか?」


「・・・『幻影』。まぼろしです」

「まぼろしデスか」


お互いまた無言になった。

オクロドウさんは日記を読み進め、アトは聖斧に触れ続けている。


***


私は、ライスレッド=オクロドウ。

霧の研究の為に、このイシュデンの町に来て、数年経つ。

今はイシュデン領主の城の中で、相当古いイシュデン領主の日記を読んでいる。


この日記は大変昔のものだけれど、保管の状態がとても良くて、はっきりと文字が読める。


私は未だにこのイシュデンの文字が分からない部分も多いのだけれど、今一緒に居るアトロス様に確認しながら、読める部分だけを拾い読みしている。


私は、霧の研究をしに来た。

けれど、このイシュデンの霧は、どうやら私が興味を持っている通常の霧とは違うものだと思っている。きっと、間違いなく別のものだ。


では、それは、初めから違っていたのだろうか?

それとも、途中から、変ってしまったのだろうか?


私はそこに興味を持つ。


でも、読み進めて、分かった事は、この日記が書かれた大昔には、すでに、イシュデンの霧は、幻を見せるようなものだった、つまり、すでに通常の霧ではないものだった、という事だ。


日記によると、こんな風に書いてある。


人々は、あの池に、たくさんの神の姿の幻を見た。

このため、有名な兄妹がこの町にやってきて、そしてあの池から声を聞きとった。

兄妹は、「この池には、神様が落ちてきた。ここに大きな神様がいる」と領主に報告をした。


領主はとても驚き、教皇に報告をした。

教皇はこの話を秘密にするように、もっと観察を続けるように、と命令した。


私は、不思議に思う。どうして秘密にしたのかしら、と。


もしかして、読めなくて読み飛ばした部分に書いてあるのかもしれない。


まぁでも、教皇は、報告を完全には信じなかったのかもしれない。

なぜなら、教皇は、今もソエンカエラに住んでいるから。

もし教皇が話を信じたなら、神様が落ちてきただなんて、イシュデンを聖なる都として移り住んでおかしくないのに。


とはいえ、どうも不思議だ。

教皇が信頼して送りこんできたという兄妹の報告なのにどうして完全には信用しなったのだろうか。教皇は、イシュデンには来なかった。


・・・あら?


「アト様」

私は、すぐ傍で、銀色の斧をじっと見つめているアト様に声をかけた。

「すみまセン、この言葉、なんて読むのでショウ?」


アト様はすっと私の声に反応して、静かに私の持つ日記を覗きこんで、答える。

「・・・えぇと・・・『異形』」


「いぎょう?」

「はい。普通はみられない形、変った形、という意味です」


とてももの静かで、けれど控えめに礼儀正しいこの子は、私の質問に分かりやすく答えながら、わずかに眉をしかめた。

「・・・すみません、ちょっと、前後の文を読ませてください」

アト様はそう言って、じっと私の持つ日記を見詰めて、文章を読み上げる。


「『同行した者たちの半分が突然倒れ・・・? 発熱、幻覚・・・?」

アト様は、読み上げながら、ますます眉根を寄せた。

「え・・・? すみません、これは」


「池に行った人たちが、こうなった様デスね」

「え・・・石見の鏡に行った人たち・・・半分が倒れて、病気に、なったんですか?」


「そのようデスね」

答えながら、私は、一つ納得して頷いた。


「え・・・・。オクロドウさんは、どうして納得しているのです?」


あら、質問されたわ。そうね、話してみても、良いかしら。今、私たち、秘密の時間を過ごしているわけだから。


「・・・実は。私がイシュデンに来てすぐ、私も池に行ったのデス」

「え・・・まさか・・・」

アト様は、私が倒れたのかと心配するような様子を見せた。

私は先に「いえ」と答えてから、続きを話す。

「私ではありまセン。私は、実は、連絡用の鳥を数羽、イシュデンに連れて来まシタ。大切な鳥たちでシタ。・・・その鳥たちが、全て・・・」


私の生まれ故郷カルヤクは、移動拠点。町全体が常に移動している。

そんな町にも連絡が取れるように、私は伝書用の小鳥を5羽連れてきた。


イシュデンについてすぐ、私は霧を作っているという池を見に行こうと思った。

鳥たちは全て可愛がって世話していたので、来たばかりのイシュデンで、目の届かないところに置いて出かけるのを嫌だと思った。

だから、私は鳥かごごと、全ての鳥を連れて、池を見に行った。

だけど。


私は、数年前のできごとを思い出しながら、目の前のアト様に、自分の小鳥たちに起こった事を話した。

「・・・池に辿り着く前、向かう途中で、全ての鳥が、急に泡を吹いたり、暴れたり・・・しまシタ。そして、急に、体を真っ黒くさせて、死んでしまいまシタ」


「まさか・・・」

アト様が驚いている。


私は思い出した悲しみに首を横に振った。

「本当の事デス。鳥たちは、皆、変った姿になりまシタ。黒くて、羽根が毛羽立ったように長くなりマシタ。・・・毒だと思いまシタ。・・・有名な」

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