166.取り出したのは
カタカタという音は、積みかさなかった木箱の下の方、奥の方から聞こえてくるようだ。
「あの、すみません、僕、モノが持てないので、ちょっと荷物動かしてみてもらってもいいでしょうか」
「ハイ。わかりまシタ。あ、この日記のコト、どうかよろしくお願いしマスね!」
「はい」
オクロドウさんはアトに日記について念押しした後、一旦日記を棚に戻し、音が鳴っている箱積みされた荷物の方に向きあった。
音が鳴っている場所を掘り出すために、上に積んである木箱を横に除けていく。
アトも、腕の先が無いとはいえ軽いモノならば腕で挟んで運ぶ事が出来る。二人で荷物を少しずつずらしたり移動したりしていく。
かなり下の方から音がしていたことと、この倉庫の中、モノを移動させるスペースが限られていた事もあって、その木箱の蓋が現れた時には移動させた木箱が壁となり、アトからは直接見えなくなってしまった。
ただし、背も高くて主に荷物を移動させていたオクロドウさんは、その木箱に手が出せる位置を保っている。
「アト様、蓋を開けて良いでしょうカ? 何か張り紙がしてありマス」
「えっと、何て書いてありますか?」
アトからはその木箱が直接見えない。
「・・・分かりません。すみません、難しクテ・・・」
オクロドウさんが困っている。
「えっと、では、その紙だけ見せてもらえませんか? 念のため」
アトが直接見れればいいのだが、移動した木箱が邪魔で動きづらい。
「・・・あ、すみません、はがせまセン。ピッタリ張り付けてありマス」
カタ・・・タタタ・・・
音がはっきりと聞こえる。
「・・・困ったな」
ふと、アトは周囲を見回した。
辺りが白っぽくなっていた。バルコニー側の扉を開けっぱなしにしているから、居城にどんどん霧が入ってきているのだ。
あまり分からないうちに何かをしたくない、と、アトは思った。
「ちょっとそのままにして、父に相談してみましょう」
アトは妥当な判断をした。
タ・・・カタタ、カタタタ・・・
「・・・開けさせてもらって、よろしいでショウか?」
「え?」
アトは少し驚いてオクロドウさんの顔を見詰めた。
オクロドウさんは、何かをちょっと思いつめた顔をして、じっと、カタカタとなる木箱を見詰めている。
「えっと・・・?」
父に相談しようって言ったのに、聞こえなかったんだろうか? いや、聞こえたと思うけれど・・・。
オクロドウさんは、思いつめたように見つめて、こう言った。
「とても、大きな、木箱、デス。とても大きい・・・」
それから、外の言葉で何かを呟いた。
「*&・・・#%☆・・・@%・・・」
「え?」
アトには、オクロドウさんが、何を呟いたのか分からなかった。
外の言葉が分かったら、オクロドウさんが何を思っていたのか分かったはずだ。オクロドウさんは、アトには分からないからこそ、外の言葉でこう呟いていた。
〝まさか、ここに、閉じ込められいるなんて、ことはないと思うけれど”
そんなはずはないけれど。でも、ひょっとして万が一にも。
「オクロドウさん?」
まさか、ここに閉じ込められていて、行方不明の子が、助けを求めて音を出しているなんてことは・・・。
「開けマス」
オクロドウさんが、小さく呟いた。
***
えっ、と、イシュデン領主の息子、アトロスが驚いている。
分かっている、無礼な事をしているということは。勘違いだったら良い。
でも、もしここに人が閉じ込められていたら?
開けて、確かめないといけない。無礼だとしても。強引にでも、確かめないと・・・。
ガッ ガ、ガタッ
「オクロドウ、さん・・・?」
後ろで、イシュデン領主の息子、アトロスが驚いたような戸惑ったような声を上げているのを聞きながら。
オクロドウさんは独断で、その木箱の蓋を外しにかかった。
ガ、ガタガタッ!!
しっかり固定されている。だが、釘が使ってあるわけではない。組み合わせを外せば良いだけだ。
「あの、オクロドウさん・・・」
イシュデン領主の息子、アトロスが、荷物を動かして、道を作って、こちらにこようとしている。
オクロドウさんは、また外の言葉で呟いた。
「%*&○・・・☆&△#□・・・@*・・・」
(ここに、子どもが隠されていない事を祈ります・・・どうか)
ガタッ!!
「!!」
開けた瞬間、勢い余って、オクロドウさんは蓋をガバっと持ち上げていた。
***
「あ、はずしちゃった!」
アトロスはまだ辿り着いていなかったが、開けた木箱の中をぐっと顔を強張らせながら覗いたオクロドウさんが、ふっと安堵の息をはいて、体から力を抜いたのを見た。
・・・オクロドウさん、一体、中に何があるって思ったんだろう?
アトはとても不思議に思った。
霧の研究に使えそうな秘密・・・? なんだろうなぁ?
そう思いながら、アトは少しずつ、壁になっている木箱をずらして、オクロドウさんの傍に近寄る。
オクロドウさんは、すまなさそうな、少し安心したような笑顔をアトに向けた。
「アト様・・・勝手に開けてしまい、申し訳ありまセン。・・・気になった事があったものですから・・・。勘違いでした、申し訳ありまセン・・・」
「え・・・と・・・うん・・・」
「これが入っていまシタ」
オクロドウさんが、木箱の中に手を伸ばし、中に入っていたものを取り出した。
「え?」
アトは見た。
それは、美しい銀色に輝く斧だった。左右両方に刃がついている。
刃はどちらも美しい弧を描き、それが左右ある事で円を思わせて。銀に輝く刃の側面には、細やかな模様が彫られているようだ。
とても美しい、銀色。
きれいだ、と、アトは思った。
「重いデスね」
とオクロドウさんは呟く。
「・・・気をつけて持ってくださいね」
アトは、重いと言ったオクロドウさんに注意の言葉を伝えた。
あぁ。なぜだろう、なぜか、何かが、胸の奥で。
腕で、オクロドウさんが脇に置いた木箱の蓋を、傍に引き寄せながら、その銀の斧をアトは気にした。
なにかを、僕はどこかで思うのに、それが何か分からないような・・・。
アトが注意して引き寄せた木箱の蓋には、オクロドウさんの言った通り、張り紙がしてあった。
『聖斧 持出厳禁』
こんな固い厳めしい書き方では、オクロドウさんには読めなかったんだ、と、アトは納得した。
一方で。
「・・・『聖斧』」
アトは呟いた。
「せいふ?」
オクロドウさんが確認するように繰り返す。
「聖なる斧です・・・持出厳禁・・・」
この注意書きの文字は、父のもの。父が書いたのだ。
なぜ、父は、これをこんな風に仕舞い込んでいるんだろう。
「持出厳禁・・・」
アトは、オクロドウさんが持つ銀の斧を見詰めた。
「あ、中にも紙がはいっていマス」
オクロドウさんが、紙を取り上げるために聖斧を横の木箱の上に置いた。




