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164.物置

霧を見てしばらくたって、オクロドウさんが話しかけてきた。

「ところで、アト様」

実は言うタイミングをずっと待っていたみたいだった。

「イングス様から、本を探して欲しいと頼まれたのデスが、霧以外の部分は、私には言葉が難しくて、よく探せないのデス。手伝って欲しいのデスが、宜しいでしょうか」


「え。父上から? 本? どうして?」

「さぁ。でも、『ナナキーナ』という人について探したいと・・・」


「・・・ナナキーナ」


≪ナナキーナ≫

と。どこか不思議に反響したような声が聞こえた。


「・・・え?」


「アト様?」

オクロドウさんはキョトンとしている。


≪ナナキーナ≫


「声が・・・ナナキーナ、って」

「え?」


「見て、オクロドウさん、あれ、見える? 見えてる?」


≪ナナキーナ≫


「見えマス!」


霧の中に、女の人が一人見える。

背中に羽根はない。人間だ。この世界の人間だ。


≪ソレホド 忘レルコトヲ 望ムナラ ちからヲ 貸ソウ≫


霧の中、女の人は、湖の傍にいるようで・・・あの湖は、石見の鏡だろうか。


女の人は、泣き崩れた。

‘忘れたい、いっそ忘れてしまいたい、だが、忘れてしまえるはずもない!’


≪モウ 手ガ 届カヌモノハ アキラメルノガ ヨイ≫

‘ふざけるな、’


≪オマエハ モウ コノ世界カラ 出ラレヌ。我輩モ。愚カダ、エクエウ≫

‘何を、貴様 ’


≪オマエタチガ 生マレタ時、我輩タチハ、そらヲ 譲ッタ。オマエタチガ 望ンダカラ。次ニ オマエタチハ 大地だいちヲ 欲シタ。ソシテ 我輩タチニ 告ゲタ。水ノ中デ 生キレバヨイ ト。傲慢ニモ ホドガ アッタ。我輩タチハ 戦ッタ。コノ事態ヲ 招イタノハ お前タチノ 傲慢サ ノ セイ≫

‘ 何を・・・・! ’


≪ナゼ 全テヲ 欲シタ。手ニアルモノヲ オロソカニシタ≫


「・・・化け物って言われてるほうが、神様みたいだ」

アトはポツリとつぶやいた。


ナナキーナは、背中に羽根がある人たちのリーダーだ。

じゃあこの会話をしているのは。ひょっとしてこの霧は。ケルベディウロスたちの方のリーダー?


泣き崩れる女の人の映像を見つめながら、アトはオクロドウさんに尋ねた。

「オクロドウさん、父は、ナナキーナについて調べて欲しいって・・・、つまり、ナナキーナについて書いた本があるかもしれないって事ですよね?」


「そうデスね。探して欲しいと、頼まれていマス」

「お手伝いします」


「宜しくお願いしマス・・・あぁ、それからアト様。お伝えしないといけまセン。今日、モリジュさんの、お葬式デス」

「えっ・・・!?」

突然の情報に、アトは驚いた。


モリジュお婆さん。メチルの、おばあちゃん。葬儀って。


でも、あれ、まだおばあちゃんは運命を聞いていないからまだまだ長生きするんだって、メチルが・・・。


「大変だ」

アトは呟いた。

大変だ。とにかくメチルのところに行ってあげなくっちゃ。


***


アトは、慌てて、霧の見えるバルコニーのような場所から居城の内部に戻ることにした。


戻ったところでふと立ち止まった。いつも使い慣れていない扉から居城に戻ったから、方向を少し見失ったのだ。

目の前に、扉。で、ええと、ここはどこだっけ。どちらに進めば戻れるのだっけ。


アトに続いたオクロドウさんが、後ろからアトに尋ねかけた。

「あ、そこがアト様のお母さん、のお部屋デス?」

「えっ」

アトは度肝を抜かれた。

「えっ、母、の、えっ」


オクロドウさんは、アトの慌てる様子をみて、アトが何に慌てているのか勝手に推測したようだった。

クスリ、と笑って、オクロドウさんは付け加える。

「イシュデンは、ローヌでとても力を持っている公爵の娘と、結婚しまシタね。とても話題になりました。私も、イシュデンは決して閉鎖的では無いとそれで分かったのデス。だから私も来ました。でも、その人と、会ったことがありまセン。閉じこもっているとイングス様に聞きました」

「え、あ、あの」


「あら・・・違いまシタか? 失礼、しました・・・?」

「え、あの、えっと・・・」

アトは自分のすぐ後ろのオクロドウさんを振り返ってどう返答したものかと焦った。


オクロドウさんは、母の存在を知っていたのだ。

そう、母の存在は、秘密ではなくて・・・。

「えっと、いえ、あの、でもここは、母の部屋の扉ではないのです」

アトは答えた。

「ここは、えっと、物置というか・・・。あ、今鍵がかかっているので、開けて見せることはできないのですが・・・」

アトは焦って、自分の言葉を証明するべく、正面の扉のノブに腕をかけて回す動きをした。

カチリ、と開いた。


アトは驚いた。

先ほど確認した時には、鍵がかかっていて開かなかったのに。それとも、先ほど力が上手くいれられず、きちんと回せていなかった?

キィ、と少し音を立てて、扉がスゥっと向こう側に開く。


アトは、その扉の動きにつられたかのように、ふらりとその中に足を踏み入れた。

ぐるりと中を見回す。


小部屋だ。物置。

絵や、花瓶や、本が積まれて置いてある。箱も置いてある。

でも整理されている。たくさんのものが、きちんと、収められている、そんな場所。


後ろから、オクロドウさんも入ってきて、部屋でしみじみと呟いた。

「・・・明るいデスね」


確かに明るい。こんな小部屋の中なのに。まるで外の光を受け入れているようだ。

見上げると、天井が、光を通していた。天井はあるのに、光も外から届いているのだ。


「イシュデンの建築の技術は素晴しいデス」

オクロドウさんの褒めた言葉に、アトはうつむいた。


ここは間違いなく特別な部屋だ。こんな天井は、少なくとも居城には他に無い。

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