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163.霧に見る

アトは混乱を抱えたまま、霧の見えるバルコニーを後にし、居城の中に戻った。


どうしたらいいんだろう。自分ひとりでは考えがまとまりそうにない。

何をどうすれば良いのかさっぱり分からない。

父上に話した方がいいように思うけど、父上だって分からないんじゃないか、こんな話をしてもー・・・。


「アトさま?」

「え、あ。はい」

廊下を進んでいると、中央階段のところで、物知り博士のオクドロウさんが怪訝な様子でアトを見つめていた。


「アトさま。ずっと待っていまシタ」

「え? あ、待ってた・・・?」


「えぇ。手伝って欲しい事がありマス。でも、どうしました? 顔色が悪いデスね。それから、手がナイですね? 服、私が直しまショウ」

オクロドウさんは、アトが中央階段の前までたどり着くのを待って、アトの留められずにいたボタンを留めて衣服を正した。ちなみにオクロドウさんがアトが中央階段の前にたどり着くのを待っていたのは、ここから先は領主たちの私的なエリアである、と、オクロドウさんが強く思っているからだ。


「オクロドウさん・・・霧、詳しいです、よね」

服を直してもらいながら、アトは尋ねた。


自分でも馬鹿な事を聞いているな、と、アトは思った。

オクドロウさんは、霧の研究をしにイシュデンに来ている人だ。霧に詳しくないはずがない。


オクロドウさんは、妙な顔でアトを見つめた後、少し可笑しそうに微笑んだ。

「ハイ。他の人よりは、少し、霧に詳しいデスね」

「あのー・・・」

バカな事を聞いてしまったと自覚したアトは気恥ずかしくなって少し顔を赤らめながら、オクロドウさんに頼んだ。

「あの、ちょっと、僕と一緒に見てもらえませんか」


***


「まぁ、こんな風になっていたのデスか」

オクロドウさんはそんな風に感想を漏らした。

アトは、あの右側の扉の向こうのバルコニーのような場所に、オクロドウさんを案内したのだ。


「ここは、父が案内した事ありますか?」

「イイエ。ここは初めてデス。霧が・・・よく見えマスね」


「・・・じゃあ多分、やっぱりここ、領主の秘密の場所なのかも・・・」

「秘密デスか」

オクロドウさんは笑った。

「では、ここに来た事はイングス様には秘密にシマス」


「えっと・・・」

秘密にするべきかどうかアトには分からないので、返答に困った。


「それで? どうかされマシタか? ここで何か見たのデスか?」

「え」


「アト様、様子が変でしたネ。どうしマシタ?」

「・・・あの」

アトは話してみることにした。霧の専門家のオクロドウさんに。


「僕、ここにさっき来て、霧の中に、たくさんの人影を見ました。声も聞いた」

「どんな?」


「背中に羽根をつけてヤリを持ってこっちに来る、たくさんの人たち。霧の中にその人影が見えました。声は、また別で・・・その人影を見た人たちが、会話している声」

「・・・」


「あの」

アトは尋ねた。

「霧って、こういうものですか?」


そう、自分は結局、『霧』って何なのかも分からない。イシュデンのこの霧以外、知らない。

他の場所の『霧』も、こんなものなのだろうか。他の場所も同じなら、『霧』とはそういうものなんだ、で、済む気がする。


オクロドウさんは、答えた。

「イシュデンの霧は、『霧』では、ありまセン」

「え」


「私は、霧の研究のために、イシュデンに来まシタ。もう何年も経ちマシタ。分かったのは、このイシュデンの霧は、私の知る『霧』ではないという事デス」

「・・・」


「まず、霧が出るには、色んな条件が必要デス。でもイシュデンの霧はそれらに当てはまらない。まるで気まぐれのように出たり、消えたり、濃くなったり。変です。これは霧ではない。では何なのデショウ?」

オクロドウさんは付け加えた。

「これでハッキリしました。霧には、あんなものは見えまセン」


あんなもの、と言われて、アトはオクロドウさんの目線を辿って霧を見つめた。

霧の中に、たくさんの・・・小さな、ケルベディウロスに似たような生き物が見えた。


「大陸神話『創世記』をアト様はご存知デスか」

「え、と、いいえ、ハッキリとは。でも、神様と怪物が戦ったって言うー」


「そうデス。子ども向けに絵本になっていて、絵がついていマス。神様と怪物が戦い、神様一人だけが残った。残った一人が、この世界を造った、というお話です」

「はい。あの、それが・・・?」


「アト様は、絵本で学ばれませんデシタね? あの姿は、絵本に描かれた怪物そっくりデス」

オクロドウさんは、霧にうつる生き物たちを指差した。

「そして、アト様が見たという、背中に羽根のある人たちー・・・それは神様の姿デス」

「えーと・・・」


「つまりこの霧は、神様の世界を見せてイル」

「・・・神様かは別として・・・」

アトの発言に、オクロドウさんはギョットした。気付かずにアトは言葉を続けた。

「確かに、あれは・・・別の世界の事を、見せていると思います」


そう。トートセンクさんと、ケルベディウロスの元々いた世界。

あの霧は、それを映している。

そして、トートセンクさんに似た人たちがいっぱいいて、ケルベディウロスに似た生き物もいっぱいいて。

だから、あれは・・・そう、時間が止まる前の様子なんだ。


「・・・神話の、世界デス」

オクロドウさんが呟いて、霧の映像を見ていた。


神話の世界。

そう、僕たちにとっては。


でも、ケルベディウロスやトートセンクさんにとっては、それはまだ、『昔々の遠いお話』になんてなってない、今まだ向かい合ってる現実なんだ。

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