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162/394

162.右側の扉

母に会いたいとアトは思った。ならば、父に案内してもらえば良い。


そこでアトは、父の部屋に足を運んだ。

自分の部屋を出て廊下を左に、角を曲がって、左側が鏡張りになっている廊下を通る。そして、角を左に曲がる。

正面に、父の部屋の扉。左は物置の扉。右は、忘れた。


アトは軽くノックをして、父の扉を義手を外した腕で器用に力を入れてノブを回してみたが、

「あれ」

開かない。試しに大きく呼んでみたが、返事も無い。

行儀が悪いが念のために(というのは、義手を外しているのでドアを開け損ねているのかもしれないと思ったからだ)、耳をつけて中の物音を探ってみたが、何の気配もしない。気がする。


「どこにいったのかな」

父は不在のようだ。


仕方が無いので、アトは左回りで元来た道を戻ろうとして、左側の扉に目を留めた。物置の扉だ。ここには、イシュデンの代々の領主の思い出的な、けれどもう使わなくなった色々が片付けてあるはずだ。


「物置の奥に、母上の部屋があるんだろうな・・・」


アトは試しに、こちらの扉をあけてみようとしたが、こちらも開かなかった。

ここの物置のカギは父が管理している。いつも使わないので気にもしていなかったが、基本的にカギをかけてあるようだ。


とにかく父を探すしかないな、とアトはため息をついて廊下を自分の部屋に戻ろうとした。


・・・あぁ、そうだ。僕、腕の事を母上に聞こうとして・・・母上に、それは父上に聞いて欲しいって言われたんだった・・・。

ふと、そのことを思い出す。


自分が腕を失った事は、父の運命に関係しているからって。


アトは片側が鏡面になっている廊下まで進み、立ち止まって自分の姿を見つめた。


・・・うん。フツー。


こんな自分が変に可笑しくなって、クスリ、とアトは笑った。


父に聞くのは、なんだか聞きにくい。父にそれを聞くと、父はとても辛い思いをしそうな気がする。

なら、自分は聞かなくても良いのかもしれない。


聞いたところで、何が変わるわけでもない-・・・。


「なんだかな」

アトは口に出して呟いた。

「なんだか、気になるんだけど、でも、そこまででもないような」

父に辛い思いをさせてまで聞くことでもないような。


アトは無意識に、ふっと、父の部屋の扉の方に目をやった。

ここからだと、父の扉は見えない。父の扉の右側にある扉が少し見えるだけだ。


「・・・」

あれ、と、アトは思った。

あの扉は、何の扉だったっけ。あちら側には、部屋など無いはずなのに。


気になって、アトは右の扉に戻る事にした。


***


「あ。開いた」

右側の扉には鍵がかけられていなかった。

どうしてだろう。父も、鍵をかけ忘れたのだろうか。

キィ、と押し開けて、右の扉の先に進む。


アトは息を飲んだ。

目の前、遠くに、霧が広がっていた。


「外・・・。バルコニー?」


アトは周囲を見回した。

右の扉の先は、部屋ではなく、外、石見の鏡やその周辺を見るための場所になっていたようだ。


バルコニーのようだけれど、左右には柵がついているのに、前に柵はない。途中で切れているような感じがする。

なぜか近づいてはいけないように思って、アトは前に進まなかった。


ここ、昔に来た事があるぞ、と、アトは思った。

居城の中なのだから、来た事があって当たり前なのだけど・・・。


それにしても、霧が出ている。今は何時なのだろう。まだ夜ではない様子なのに、かなりあたりが白くなっている。


「・・・?」

アトは目を凝らした。

霧が、妙に動いている気がした。


何かに似ている、と、アトは思った。

なんだろう。ゆらめいては、伸びたり、縮んだり。まとまったり。そして、形を取ったり。

「・・・ケルベディウロス、に、似てる・・・・」


アトのつぶやきに、遠く、霧が渦巻いた、気がした。


****


霧が、まるでケルベディウロスのように動いている。


そんなこと、アトは今まで思った事もなかった。

けれど、ここから霧を眺めないと、気付かない事なのかもしれない。

少し遠く、少し高い場所から見て、分かる事。


「・・・ケルベディウロスの、仲間?」


そうだ、ケルベディウロスは昨日言っていた。


本当はたくさんの仲間がいた。ケルベディロスだけ、危険な時にとっさに逃げた。でも、他の仲間は、ちゃんと逃げられなくて・・・? この世界の動物や自然現象みたいになって生まれ変わってるって。


アトは瞬いて霧を見つめた。

この霧も、ケルベディウロスの、仲間の生まれ変わり。

アトがじっと見つめるなか、それを感じ取ったのか、白い霧の中で何かがうごめいた。


「・・・あっ・・・え、トートセンク、さん? え、違う、たくさん・・・」


白い霧の中に、人影が現れる。

皆、空からやってくる。背中に白い大きな羽根をつけて。全てが大きなヤリを持って。怖い顔でこちらに来る。


オォオオオオオオゥ・・・


そんなはずは無いのに、呻くような振動を、アトは感じた。


僕は一体、何を見ている?


迫ってくる、背中に羽根のある人々。

トートセンクさんの仲間だ、と、アトは思った。


でも、でもそうなら、これ。この人たちって。


オォオオオオオゥ・・・


『なんて恐ろしい事』

『教皇に報告しないといけない』

『だがこれが事実とは』

『神々の世界は時間を止められてしまったのだ』


「・・え」

アトは耳を疑った。自分のすぐそばで、誰か知らない話し声がする。


振り返るな。怖いから。


『この事実は世界には秘密だと、教皇から返事が』

『なぜだ』

『神の時間が止められているなど、公開できないと』

『しかしそれでは』

『大丈夫だ。世界はそれでも平和なのだから』


“キアラちゃん! キアラちゃん!”

アトは、はっと思い出した。自分は昔、本当に昔、やはりここに来て・・・同じ声を聞いたのだ!


“声が聞こえる、秘密にするって声が聞こえるよ”

そう、小さい頃の僕は、誰かに連れて此処にきて霧を一緒に見て・・・


誰だ?

母上ではなくて。父上でもなくて。でもとても優しい、家族で。


“まぁ、アトロス”

優しく強い声が、アトの記憶に蘇る。

“怖がらなくて大丈夫。それ、昔ここに居た人の声よ。ご先祖さんたちよ。大丈夫よ、私も昔聞こえたけどなんともなかったの!”


「“・・・キアラちゃん・・・”」

アトは思い出した。自分には、祖母が居たのだって事を。

大切に優しくしてくれた、祖母が自分には居たのだ。


小さい時に祖母に連れてこられて一緒にこの霧を見た。そして声を聞いたんだ。


この霧は、一体なんだっていうんだろう。

僕たちは、どうして、この霧とこんな風に過ごしているんだろう。

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