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161.アト、目が覚める

イシュデン領主の居城の自室で、イシュデン領主の息子のアトロスはまだ眠っていた。本来眠るべき時間に寝ていなかったからだ。実は相当疲れていたらしく、アトはぐっすり眠っていた。


***


『・・・あの子 クリスティン・・・』


え?


『落ちる・・・掴んで。捕えて・・・』


え・・・?


***


「あぶなっ」

グァバッ!!

ぐっすり眠っていたくせに、アトは飛び起きた。


「かっ、た・・・・・・?」


えっ、何、どこ、ここ、あ、僕の部屋だ、僕のベッド、寝てた、え、えっと

待って、ちょっと、えっと、何してた、今、昨日、違う、何


アトはベッドから上半身を起したまま、状況が分からずしばらく固まっていた。


違う、僕は、寝ていた。うん、寝てたんだ。


あれ、うん、だから、


「夢・・・」


アトは、自分の両腕を持ちあげて、見た。義手は外されている。


「夢・・・」


なにか、とても、驚いて、危なくて・・・何かを掴んだ、夢を見た。

何を掴んだかは、夢なので、もう分からないけど。


それから、アトはしげしげと両腕を見た。

どうして、腕は無いのに、何かを掴んだって感覚はちゃんとするんだろう。

もう、腕の先・・・『手』なんて、もうずっと昔に失ったままだっていうのに。


「僕、なんだか最近、自分の腕について考える事、多いなぁ」

アトはポツリと呟いた。

今まで、腕が無い事なんて、あんまり気にしてなかった。

だって、それが僕なんだから。

皆も助けてくれるし、ものすごく不自由だなんて思わない。

それが自分の暮らしなんだから。

腕が無いから、腕があったらどうなんだなんて、別に思ってこなかった。


それなのに、やたら、気にしちゃうな。

不便なんだって、気がついちゃったみたいに。


モノを掴む。モノを触る。モノを・・・。


だって仕方ないじゃないか。

だってこれが僕なんだから。


でも、ただ、

「どうして、僕、腕を失ったんだろう・・・」


あんまりにも、夢で、モノを掴んだ感触が生生しかったから。

なのに現実にはそんな事起こり得ないって分かってるから。


だから、今になって、無くしたものが、気になるんだ。


***


アトはなんとか、自分で身支度を整えてみた。


眠るまで何をしていたかを思い出せた結果、きっと今は変な時間に起きてしまったんだ、と思ったからだ。変な時間にメチルを呼ぶのはメチルが大変かな? と思ったし、一方で、自分だけで着替えてみるってことをやってみたくなったから。


そもそも、アトの服はマチルダさんが作ってくれていて、アトだけでも着脱しやすいように配慮して作ってある。ボタンもついているけれど、外れたままでも別に大きく困りはしない。

せいぜい、ちょっと胸元が大きくあいたままになっていて、両手の裾もあいたままになっている程度だ。

とはいえ、義手は一人ではとりつけられない。

「まぁ義手は良いや。食事の時につけてもらお・・・」

呟いたアトは、部屋の隅、いつもと違う場所に立てかけてある自分の義手に気付いた。


どうしてこんなところに立てかけてあるのだろう。

不思議に思ったが、父が自分をこの部屋に運んで父がはずしてくれたからだろうと思い至った。

どうやら父は、アトやメチルが義手をいつも置いている場所を知らなかったようだ。


「あれ?」

アトは義手を目の前にかがんでよく見た。義手が割れている。

そっか、昨日、祭壇の向こう側の世界に行って・・・右手の義手が壊れたんだった。


「・・・あれ?」

ツゥン、と変な匂いがする。

あ、復讐ガエルの体液の、時間が立った時の匂いだ、コレ。


「臭い・・・これ、もう捨てるしかないなぁ」

アトは顔をしかめて、立ちあがった。


えーと、そういえば、運命の日、石見の塔の帰りに復讐ガエル踏んじゃったんだ。

あれから義手も洗ってもらったはずなんだけどなぁ。しみ込んだのがきちんと取れてなかった?

またサルトに新しい義手を作ってもらった方が良いだろう。


***


アトは自分の部屋を出た。


「・・・?」

気のせいか、なんだかいつもより静かな気がする。少なくとも、メチルは今二階にはいないみたいだ。

一階の台所でマチルダさんを手伝ってるのかな。


扉の前に立ったまま、あまりに静かに感じて、だからアトはふと気付いた。

そうだ、僕の部屋の隣。母上がいるんだ。

アトは母がいる隠し部屋があるであろう場所を見詰めた。そう。母が、そこにいる。


イシュデンの霧が、人の記憶を忘れさせると言って。大切なものを忘れないためにって、特殊な部屋に籠ってしまったという母上。

皆から、もう死んでしまったって思われてるのに。

まだ生きていて。記憶を守るためだって、ずっと部屋にいる。


アトは、廊下を少し進み、ただの壁にしか見えないところで立ち止まった。


この辺に、母上のいる部屋があって。

母上がいる。今も生きて、ここにいるんだ。


アトは、その壁の奥を透かすように見詰めた。


「・・・」


そうだ

と、アトは思った。


母上は、皆が忘れても、自分が覚えていられるようにって、部屋に籠った。

例えば、僕が・・・母上に何か聞いても、答えられるようにって。


「母上」

アトは呟いた。


「母上、僕は、どうして、腕を失ったんでしょう」


そうだ。

母に聞けば、答えは分かる。


会いたい。

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