160.クリスティンの
イシュデンの北西、石見の塔。
「う、うわ! キロン!!」
「っ!」
上空から、クリスティンが、落ちてくる。
「!!」
ドッ!!
二人で、なんとか、クリスティンを受け止めた。
「痛って!!」
「だ、大丈夫か、クリスティン!!」
「ぅん・・・」
「あぶねー!! ほんと、あぶねー!! よかった、受け止められて!!」
「はぁ、びっくりした・・・」
「・・・うん・・・」
「おぃ大丈夫か、おい、怪我ないか、クリスティン!!」
「・・・うん・・・。びっくりした・・・」
「はぁ、本当だよ・・・。あぁびっくりした、はぁ」
石見の塔の周りの草地で、アルゲドとキロンがぐったりと座り込んでいる。
あぶなかった。けれど、クリスティンは無事受け止められた。
あぶなかった。本当に怖かった。
「おぃ、クリスティン、大丈夫かよ」
アルゲドはしきりにクリスティンに声をかけた。というのは、クリスティンは、無事に草地におろせたとはいえ、ショックのためか何だかボゥっとしているのだ。
「うん・・・」
「頭打ってたりしないか? 大丈夫か? 痛いところとかないか?」
クリスティンは、じっと、黙って、自分の腕を持ちあげて、それから、左手で右手の腕の服をめくりあげた。
「・・・」
「どうした、クリス・・・・それどうした!」
キロンが覗きこんで、驚いて声を出した。
「落ちてる時、掴んでくれた・・・」
「え、って」
「まてキロン、でも確かに手の痕だぞこれ」
「あ、そか、石見の塔の老婆様!! クリスティン、会えたんだな!!」
キロンの言葉に、クリスティンは首を横に振った。
「小さな、僕より小さな手だった・・・あれは・・・」
クリスティンは上を見詰めた。
「ねぇ、アルゲドとキロンは、僕の見たもの、信じる?」
「は?」
「俺は信じる。クリスティン。俺の言う事、信じてくれたから」
「・・・おいキロン」
「だってそうだろ」
「でもクリスティンだぞ」
「だってさ」
アルゲドとキロンがぶつぶつつぶやきあうのをしっかり目にとめつつ、クリスティンは、塔の上を見上げて、それでも自分が思った事を口にした。
「僕、あれは、アト様の手だと思う」
「・・・え?」
「は?」
クリスティンは、アルゲドとキロンを振り返り、しっかりと真っ直ぐな目のままで、言った。
「僕、塔を窓まで登ったよ。ダロンが居たよ。モリジュお婆ちゃんも居た」
「!」
「やった!」
「僕、失敗したんだ。ダロンがいるって思って、泣いちゃった。涙を拭こうって、そしたらバランスが崩れちゃったんだよ。落ちちゃった」
「・・・」
「うん・・・あぶなかったな、クリスティン」
「僕、落ちてる途中で、腕を掴んでもらった。助けだって思った。小さな手、手だけが、僕を掴んでた。左手はね、握って、鎖を持ってたよ。引っ張ってくれたけど、一緒に落ちてきてしまって、途中で僕が落ちるのについてこれなくて、手は離れちゃった。でも、掴んでもらって、引っ張っててもらったから。僕、死なずに生きてる」
「!」
「あぶな・・・!!」
アルゲドとキロンは、クリスティンの話に、改めて事態の恐ろしさを感じさせた。
二人は、思わずクリスティンに抱きついて抱きしめた。
「クリスティン、ごめんな、危ない事させた」
「ごめん、ほんと、無事で良かった」
「うん・・・」
クリスティンは、まだちょっとボゥっとなりながらも、自分の右手の腕の痕を見詰めながら、答えた。
「でね、僕ね、あれはね、アト様の手だって、思うんだ」
「・・・いや、そこはなんでそうなるのか俺にはよく分かんないんだが」
「アトの声でも聞こえたのか、クリスティン」
「うん・・・でも・・・僕ね、思ったんだ。アト様の手も、この塔の中にあったんだって。僕・・・アト様に、お願いしてくる」
「は? 何を」
「うーん、なんでそこでアトが出てくるんだ?」
「だって・・・」
クリスティンは困った。
どうしてアト様が自分を助けてくれたと思ったかと言うとだ。
今、アト様は、『聖域』に行って、ダロンを探してくれているから。
アト様のお母様、もう一人のイシュデン領主だという、サリシュという女の人は、言った。アト様は、両腕を失った事で『聖域』に入る事ができるようになったのだ、と。
だからクリスティンは思ったのだ。
腕を失った事でアト様は聖域に入る事が出来て、自分を助けようとしてくれている。
そして、失われた腕の方だって、自分を助けてくれたんだ、と。
確証なんて、何一つクリスティンには無いのだけれど。
幼い、腕の先だけ存在する手を見て、これはアト様の手だと、思ったのだ。
けれど、聖域に関する事は、普通の人に言ってはいけない。そう、祭壇を貰った時に、石見の塔の老婆様と約束したから。秘密にする事で、その秘密を知らない人を守るのだ。
秘密にするべきだったのに、祭壇を見つけたダロンは行方不明になってしまった。だから今もう、クリスティンには祭壇に関する事を打ち明ける勇気はない。
「アトに、何をお願いするんだ、クリスティン?」
キロンがまじまじと尋ねてきた。
「うん。僕ね、アト様に、石見の塔を開けてくださいって、言いにいこうと思う。だって、ダロンも、モリジュお婆ちゃんも、この中にいるんだから」
なんでそうなるんだろう。キロンが話の展開に言葉を失い。
「やっぱりついていけないんだが俺は」
アルゲドも非常に真面目な顔をしてそう呟いた。
「でも、クリスティン」
「うん」
「本当に、ダロンっていうか、町の商人の子と、で、ここ一番重要なんだが、モリジュお婆ちゃんを、見たんだよな」
「うん」
クリスティンはしっかり頷いた。
「本当に、本当だよな」
「うん」
「クリスティンは、嘘はつかないよ。たぶん。突拍子はないけど、全力で本気だと思う」
「だよなぁ」
「本当に、皆、いたよ。たくさん、いた」
クリスティンは思うのだ。アト様の腕も、塔の中にあったのだと。
そして、アト様の塔の中の手は、石見の塔の扉を開けてくれるのじゃないのかなあ、と。
「たくさんいた? うーん、それも謎だぞ」
「とにかく、町に戻ろう。クリスティン、歩ける、大丈夫か?」
「うん、歩けるよ、僕」
キロンが、一番に立ちあがって、クリスティンに手を差し出した。
「町にいって、塔の中に、モリジュお婆ちゃんが居た事を、言おう」
「・・・うん」
クリスティンは頷き、差し出された手をとって立ちあがった。
アルゲドも立ちあがり、町に報告するべく、歩きだす。
キロンは、クリスティンの手を握ったまま、言った。
「ありがとうな、クリスティン」
俺の言った事信じてくれて。
俺の登れない石見の塔、危ないのに登ってくれて。
モリジュお婆ちゃんの姿を見てきてくれて。
思ったままだと伝わらないような気がしたので、キロンは感謝を口にした。ついでにアルゲドにも礼をちょっと述べておいた。
「まだ終わってないだろが」
照れて居心地が悪くなったアルゲドが、文句を言うようにボソっとそんな風に返事した。
三人で町へと戻る道を行く。
そして、それぞれにふとこう思った。一体、石見の塔ってなんなのだろうか、と。




