159.石見の塔
「寒い」
塔を登っていくクリスティンを地上で見ているアルゲドが言った。
「やたら寒い」
キロンは、クリスティンの姿から目を離して周囲を見回し、眉をちょっとしかめた。
「霧が出てきてる」
「霧か。くそ、夜でも無いのに」
「俺たちが塔を登ってるから、石見の塔の老婆様が怒ってる?」
キロンの言葉に、アルゲドも嫌そうに周辺を見回した。そして、誰に言うでもなく、出てきた霧に向かってでも言うように、言った。
「あのなぁ、俺たち、石見の塔の老婆様にただ会いたいだけなんだ。ていうか、モリジュお婆ちゃんを探してるだけなんだ。むしろ協力してくれってもんだ」
石見の塔の周辺は、奇妙なもので満ちている。
霧にだって、意志があるのかもしれない、と。
この場所にいると、そう思えてしまうから。
アルゲドとキロンは周辺を見回して、それからまたクリスティンを見上げる。
「えっ」
「マジか」
キロンが思わず声を上げ、アルゲドも焦った声を出した。
さっきまできちんと見えていたのに、塔の上部が霧にかすんで、クリスティンの姿が白く見えにくくなっている。
***
あたりが白くつつまれている。
きっと、霧が出てきたんだ、と、クリスティンは思った。
それから、ふっとダロンの事を思い出した。
霧に触れると、死んじゃうのか、と、聞いた、町の外から来た女の子。
死んじゃわないと思うよ、ダロン。
ほら、僕は、生きてるよ。
ダロン、お願いだから、出てきて。
ごめんね、僕が、『聖域』をちゃんと隠せていなかったから。
ごめんね、ダロン、どこにいるの。
老婆様、お願い、ダロンを探す方法を教えて。
コッ
白くかすんでいく視界の中で、クリスティンの右手は、石ではない、つるりとしたものを触った。
「あ」
クリスティンは右手であたりを確認するために撫でた。
ツルツルしている。時々線がはいってるツルツルしているもの。
ガラスだ。
さらに手を動かすと、窓枠も確認できた。
グッと窓枠につかまるようにして、クリスティンは、身を上に動かした。
目の前に、窓があった。
***
コッ、コッ、コッ・・・
塔の中、小さな小さな音が、した。
「・・・これは何の音かしらね・・・」
音のする方へ。進む。
***
コッ、コッ、コッ・・・
クリスティンは、左手と両足で体を支えながら、窓を右手で叩いた。
コッ、コッ、コッ・・・
「石見の塔の老婆様!! 僕、クリスティンです!! 窓を、開けてください!! お願いです、会って、助けて!!」
コッ、コッ・・・
「・・・あ・・・!!」
クリスティンは、目を見張った。
石見の塔のガラスは、昔の建物のガラスで、向こう側が少し歪んで見える。だけど、向こうは見える。
徐々に近づいて来る人がいる。
石見の塔の老婆様?
違う、何人もいる、塔の中に、人が何人も。
「・・・ダロン? ダロン!!」
プィン
また耳元で羽音がした。
どこにいるのか見ている余裕はもうないけれど、自分の頭の後ろにハチがいるのかもしれない。
プィン
ハチの羽音が、まるでクリスティンに教えてくれたかのように、クリスティンは思い出した。
「ダロン・・・、ツォル・・・ツォルセティーナ?」
そうだ、ダロンは仮の名前で、本当の名前はツォルセティーナって言うんだって、学校で、皆でダロンを探す時に、ルナード先生が教えてくれた。
外の町は危険だからって、男の子のふりをして、男の子の名前をつけたんだって。
本当の名前で呼んであげた方が出て来やすいから、どちらの名前でも呼び掛けて探そう、と、ルナード先生は言っていた。
「ダロン、ツォルセティーナ!! 僕、クリスティンだよ、そこに居たの!? 帰ろう、ダロンのパパも心配してるよ、ダロン、えっと、ツォルセティーナ!! 無事だったんだね」
クリスティンは、石見の塔の外壁、窓枠に身を乗り出すような形で、涙が出てきた。
あまりに涙が出てくるので、涙を拭こうと思った。
右手で涙を・・・拭こうとして、一瞬気が緩んだ。
ズルっと、ギリギリ体を支えていたクリスティンの足が、滑った。
あ
と思った時の一瞬は、びっくりするほどゆっくり流れて鮮明に見えた。
窓に急いで駆け寄ってきた人影があって、窓ガラスごしに、その表情がはっきり見えた。
「クリスティン!!!」
ガシっと窓を開けようとするその人は、でも窓の開け方が分からないみたいで・・・
「クリスティン、クリスティン!! 窓、窓はどうやって開けるのよっ!!」
クリスティンは、自分が宙に浮かんでいるのを知った。
足を滑らせ、手を放したから。
捕まるところを失ってしまったから。
「クリスティン!!」
モリジュお婆ちゃんだ、と、クリスティンは分かった。
モリジュお婆ちゃん、塔の中に居たんだ・・・
でも、あぁ、僕は落ちて、死んじゃうかもしれない
大切な事を、知ったのに
キロンとアルゲドに、モリジュお婆ちゃんの事、教えないといけないのに
***
・・・クリスティン・・・?
・・・
あぁ、クリスティン。
・・・ここに来たの? ツォルセティーナも・・・
ここは寒いのよ、町にお帰りなさい・・・
ほら・・・
***
「何だ」
アルゲドは眉をしかめた。
「どうしたんだ」
と、キロンが聞いた。
「・・・いや・・・気のせい」
アルゲドは口にしなかった。
誰かの声が、聞こえたような気がした。
いや、昨日、石見の鏡のフチで、誰かの歌が聞こえたような気がしたように。
きっとまた幻聴なのに違いない。




