158.イングスの判断。クリスティンは塔を登る。
トールランドが呼ばれるのを待つ間、イングスは、ヨリエに再度確認の上、皆に、ヨリエの話を伝えた。
皆、やはり顔を合わせて困惑している。
モリジュが生きているなら良い。
だが、今、行方不明だというのが腑に落ちない。
そして、では、老人のものだったという死体がモリジュではないというなら、死体は一体誰なのか。
「イングス、様!」
バタバタと足音がした。
息を少し上がらせて、先ほど呼びに行ってくれた者と、呼ばれたトールランド、そして、もう2人が走って現れた。
「は、母では、無いかも、と・・・」
と、トールランドが息を切らせながら、尋ねる。
「すまない。分からないのだ・・・」
「イングス様、実は・・・」
トールランドではない、2人のうちの1人が言った。
「キロンが、おかしなことを言ってたんです」
もう1人が言った。
「そう、死体はモリジュお婆ちゃんじゃない、って怒ってた」
「死体の後で、モリジュお婆ちゃんの姿を見たって言ってた」
「ただ、一緒だったアルゲドは、それを信じてなかった」
「あぁ、キロンと大げんかして」
「俺たちも、キロンがタチの悪い冗談を言ってると思ってた」
「あぁ、そうだ」
二人が交互に話す内容を、皆がじっと聞いていた。
「・・・そうだ、キロンはどこだ」
と一人が言った。
イングスが話に入る。
「キロンなら、先ほど、居城から町に来る際に道で会った。確かに『死体が誰か確認しに行く』と・・・・。今町には居ない。石見の塔に行くと言っていた」
「・・・母は、生きている?」
トールランドが呟くように言った。皆が静かだったのでその声は多くの耳に届いた。
「イングス、様」
ヨリエがまたヨロヨロとイングスの腕を掴んだ。
「モリジュちゃんを、探さなきゃならないよ、イングス様。生きている者の葬儀なんかしちゃいけない。モリジュちゃんを、探さなきゃ!」
イングスは顎に手をやる仕草で少し考え込むような姿を見せたが、
「その通りだ」
と答えた。
「すまない、皆・・・」
見回すと、皆も不安そうな、けれど同意するような顔をしている。
「まず・・・モリジュの葬儀は一旦・・・中止だ。モリジュを探そう・・・。そう、商人の娘もだ。それから・・・石見の鏡の死体・・・が誰かと言う事だが」
だがあの死体はすでに手の届くところに無いというのに。
「いや、まず、できる事をしよう。葬儀は中止。すまない、皆に伝え回ってくれ。そして、モリジュと商人の娘、二人を町全体で探す事」
誰かが言った。
「イングス様。モリジュお婆ちゃんが石見の塔に行ったというなら、皆で、石見の鏡周辺も探した方が良い・・・」
「そうだな」
探すしかない。
そうだ。こうなったのなら、一旦、町に葬儀の中止とモリジュたちの捜索を伝え直さなければ。
***
一方、イシュデンの北西、石見の塔にて。
「おい、クリスティン、大丈夫か?」
「気をつけろよ、焦んなよ」
「うん。大丈夫・・・」
小柄なクリスティンが、石造りの石見の塔の外壁をよじ登っていた。
本当なら、年上のアルゲドやキロンが登れれば良かったのだが、年上で体が大きい分、石見の塔の石のデッパリに足をかけて昇る事ができなかったのだ。
クリスティンの小柄さだからこそ、上に登っていける程度の凸凹しか、この石見の塔の外壁にはない。
「・・・クリスティンが登れるって奇跡だよな」
と、昇っていくクリスティンの姿を地上で見守りながら、アルゲドが呟く。
キロンは同意した。
「そうだね。俺たちももっと小さい頃、昇ろうとしたけど・・・あの時は体力も腕力もなかったし、無理だったな。大人にも登れないって聞いたし」
「だよなぁ。奇跡的にクリスティンぐらいの体格と体力で、昇れるんだろうな。偶然」
しみじみとアルゲドとキロンはクリスティンを見守る。
万が一落ちてきても、二人で受け止められるような場所に、クリスティンの動きに合わせてちょっとずつ動きながら。
***
ちょっと疲れてきたな、と、クリスティンは思った。
頑張っているけれど、まだ、まだ塔は上に続いている。
でも、塔には、窓がある。僕はそこまで昇るんだ。
クリスティンの傍を、プィン、という羽音が通りすぎた。
クリスティンは、落ちないように注意しながら、そっと音が通りすぎていった上を見た。
「あ、ハチ」
自分が三歳の時に、石見の塔の老婆様に会った時。
老婆様は、窓の外に手を出して、ハチから赤い、お茶の元を貰った。自分にも同じようにするようにと、教えてくれた。
プィン
今またもう一匹、クリスティンの傍を、ハチが通りすぎて昇って行った。
「ハチ、お願い、老婆様に、クリスティンが来てるよって伝えて」
プィン
ハチに言葉が届いたのかは、クリスティンには分からないけれど。
「・・・大丈夫、窓がある、ハチがお茶を届けに行く、窓が、上に、ある、そこに、老婆様が、いる」
クリスティンは呟いて、再び昇りだした。すでにじっとりと汗をかいている。




