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156.イングスと、耳の遠いヨリエ

イングスは集まってきた皆の顔を見回した。

グィンが先に安否確認を行っていたから、町の人はすでに、モリジュが行方不明で、石見の鏡で見つかった死体はモリジュだと分かっており、今日が葬儀である事も皆すでに知っている。

そして、今告げられる、正式な知らせを聞くために、皆神妙な顔つきで集まっていた。


イングスは、告げた。

モリジュの葬儀を今日行う事、石見の鏡で亡くなったから、池の傍にある墓で葬儀を行う事、グィンとマチルダとメチルがすでに墓を磨いている事、モリジュに近しい者は今から向かう事、他の皆は1時間ほど後から向かう事、夕刻には池の傍の墓にモリジュの名前を刻む事。


そして、一方で、町の外から来た商人の娘の捜索も続けること。


皆はそれを、神妙に、真面目な固い表情で、聞きいれていた。


***


イシュデンの町の区画ほとんどで、通知が済んだ時だ。


「イングス様・・・イングス、様・・・」


どこか必死な声に、イングスはすぐ振り向いた。

「あぁ、ヨリエ」


町で繕い物の仕事をしている、けれど耳の遠いヨリエお婆さんが、ヨロヨロしながら一生懸命イングスに向かって歩いてくるところだった。

「待って、待ってください」


イングスはフォエルゥも連れて、ヨリエお婆さんのところに向かう。


いつもヨリエお婆さんは一人で仕事をしているし、耳が遠くなったとはいえ、十分一人で暮らしているから、傍に誰かがついているわけではない。

それでも、町の人はそれぞれにヨリエを気づかっている。


けれど、今日は突然のモリジュの葬儀で皆がバタバタしている。だからヨリエの傍でヨリエを助ける存在は今日はいないようだ。


ヨロヨロと歩きづらそうなヨリエの腕をとり、支えてやりながら、ふと、イングスはヨリエの耳にモリジュの葬儀が伝わっているのか疑問に思った。

なぜなら、ヨリエは耳が悪い。誰かがそれをヨリエに伝えていれば良いのだが、まだ伝わっていない可能性もある。


ヨリエが尋ねてきた。

「なにがあったのです? その、フォエ、ルゥ、ちゃんの、大きな声が何度も聞こえました」


「あぁ。実は・・・」

言いかけて、ヨリエが、聞こえにくそうに顔をぐっと近付けてきた。

その動きで、ヨリエがモリジュの葬儀をまだ知らないと分かった。


ヨリエは、モリジュと仲良しだ。モリジュの方が大分年上だが、同じお婆ちゃん同士、友達として仲良くしている印象がある。


イングスは、ぐっと腹に力を込めて、ヨリエの目を見た。

ヨリエも、ぐっと顔に力を入れて、イングスの言葉を聞き取ろう、聞きもらすまい、としている。


イングスは、努めて、静かに、穏やかに、けれどヨリエに聞こえるようハッキリとした音を心がけて話した。

「・・・モリジュが、亡くなった。昨日、石見の鏡で、モリジュが、亡くなった」


モリジュの目が見開かれた。驚いて、声を出そうとしている。

イングスはさらに伝えた。

「今日、モリジュの、葬儀を、池の傍の墓で行う。夕方には、墓に、モリジュの名前を刻む」


「・・・モリジュちゃん!」

ヨリエが小さく叫ぶように言った。

「モリジュちゃん! なんで! どうして! どうしてよ!?」


イングスは少し詳しい話を伝えようと思った。

「・・・昨日、石見の鏡で、死体が見つかった。老人のものだった」

「・・・え、死体、それは、町の外の人のでしょう?」


「いえ、老人の死体だった。行方不明になっているのは、若い娘だから、町の外の人ではない」

「え、でも・・・え、死体が、モリジュちゃんだったの!? そんな」


「・・・死体は、引き揚げられなかった。石見の鏡に沈んでしまった」

「え、待って。待ってちょうだい。イングス様」


まだ説明の途中だったが、待ってと言われたイングスは、ゆっくりうなずいて、口を閉じた。


「待って、待ってちょうだい。分からないわ。死体が、2つも、あった?」

「え? いや・・・」


「待って、でも、待って、分からないわ・・・」

「・・・?」

ヨリエの様子に、イングスは訝しげに眉をひそめた。

お年寄りと言うのは理解が遅くなりがちだ。混乱させる言い方を自分がしてしまったのか。どうしてヨリエはこんなに狼狽しているのだろう。


ヨリエが混乱しているので、ヨリエの理解の為に、イングスは説明を再び口にした。

「・・・遺体は老人のもので、沈んでしまったが、グィンが今朝、町で皆が無事か確認した」


ヨリエはじっとイングスの目を見上げている。


「モリジュだけが、行方不明だ。だから、モリジュが、石見の鏡で、亡くなったのだ」


ヨリエは、ぐっと、イングスの腕を掴んできた。

「待って、待ってよ、イングス様」

「・・・」


「待って、石見の鏡には、死体が2つあったの? そうなの?」


同じ質問に、イングスは少し面食らった。それは先ほど否定したのだが、耳に届かなかったのだろうか?

「いえ、死体は、1つ。老人の死体だけです」


「1つ。1つだけ。1つだけよね?」

「ええ」

辛抱強く、イングスは答える。


「じゃあ、なぜ、それがモリジュちゃんなの、イングス様!!」

ヨリエは腕の力を強くして、イングスを揺さぶった。突然でイングスはギョっと驚いた。


「えっ?」

「イングス様! しっかりおしよ! モリジュちゃんのわけないじゃないの!」


「・・・え?」


なおもヨリエはイングスの腕を掴んで、激しくゆする。

「わたし、モリジュちゃんと、昨日、しゃべったわ。石見の鏡で、死体が見つかったって、昨日、町は大騒ぎだった。その話を、モリジュちゃんとしたのよ。モリジュちゃん、石見の塔に行くって言ってた」


「石見の塔に」

「石見の鏡で、死体が見つかった、後でよ!?」

ヨリエが激しくイングスに詰め寄った。老人とは思えないほど腕の力が強い。


「ちゃんとしっかりおし! 領主様! アンタ、まだ生きてるモリジュちゃんの葬式なんて、わたし許さないよ!」


「えっ・・・ちょ、ちょっと待ってくれ」

「モリジュちゃんと、わたし、しゃべったのよ、モリジュちゃん、昨日ね、昨日、自分の運命の日かもしれないって言ってた。だから石見の塔に行ってみるっていってたのよ。わたしね、最初は、危ないからって止めたの。死体の事は若い人たちに任せればいい、もう遅かったし、やっぱり危ないでしょう。でも、運命の日かもっていうから、私には止められなかった」


「運命の日。昨日。モリジュの」

あぁ、モリジュが昨日運命の日だった事は、正しかったようだ、と、イングスは思った。

だが・・・。

「ヨリエは・・・石見の鏡で、死体が見つかった後に・・・モリジュと話したと?」

「そうよ!! そうだっていってるのよ!!」


「どういう事だ、では・・・」

「モリジュちゃんじゃないって言ってるのよ!」


「だが、モリジュは行方不明だ」

「探して! 探さなきゃ、イングス様! モリジュちゃんを探して! 町の外の子も行方不明何でしょう!? 探しましょうよ! 探さないといけないわよ!」


「だが、ヨリエ、そうすると、死体は・・・」

「知らないわっ! 大昔の誰かの体が浮いてきたんじゃないの!?」


「そんな馬鹿な・・・」


イングスとヨリエが大騒ぎしているので、町の人たちが集まってきた。

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