152.花の都パンデフラデでは
「あー、あ! 確か、なんか変なホラーな町じゃなかったっけ!?」
思い出してイズマは声を上げた。
大陸の北西にある小さな町で、霧が出る事で有名な町。
そして、得体のしれない老婆が一人いて、町を支配しているとかいう町だった気がする。
「そうです、確かにそのような表現もできるところ。さすがイズマ様、よく覚えておいでだ」
「いやー、大したことないよ~」
へへへ、とイズマは笑う。褒められるのは嫌ではない。
「で、ローガン博士。これ、何て書いてあるの?」
「それが・・・非常に辺境で使われている文字のため、せいぜい読み方が分かる程度・・・どのような意味を持っているのかまでは分かりませんのです」
「え、そうなの? ローガン博士でも分からない?」
「お恥かしながら」
あまり恥かしそうでもない様子で、ローガン博士は言った。博士にとって、そんな辺境の町の言葉はあまり重要でないのだ。
「とは言いましても、恐らくこれは、人名ではないかと思いますよ」
「へぇー」
「『ツォルセティーナ』、と読めます」
「『ツォルセティーナ』。あ、人名だね」
ツォルセティーナというのは、大陸で使われる事の多い、女性の名前だ。豊穣の娘と言う意味で、神話に登場するの娘の名前が元になっている。
「とはいえ、イシュデンという町では、別の意味を持っている可能性もございますな」
「あぁー、へぇー、さすがローガン博士」
「いえいえ・・・。とはいえ、イシュデンで使われている文字は、大陸の言葉が統一される前の…相当初期の古代言語が色濃く残っていると言われています。古代言語においても、ツォルセティーナというのは、やはり神話の娘の名前でありますでしょう。それに娘の胸像に書かれているのですから、人名の可能性が高いでしょうな」
ローガン博士は、イズマが褒めた事もあって、嬉しそうに色々話してくれた。
「なるほど、ありがとう、ローガン博士。やっぱり博士は頼りになるなぁ」
イズマもニコニコして答える。
労せずして、胸像に書かれた文字について、知る事ができたのだ。嬉しくもなるってものだ。
バタバタバタバタ・・・!!
「イズマさ、ま! イズマっさまっ!!!」
ん?
イズマと、ローガン博士は揃ってその慌ただしく走り込んできた世話人を見た。
「よか、た、イズマ、さま、こんなトコ、に」
「なに? どうした」
ハッハッハッハ、と、荒い息を整えようとしながらも、まだ若いその世話人は、少し涙さえ浮かべて必死でイズマに言い募った。
「イズマ様! ソラ様が大激怒なさってますから!! 執務室のガラクタを片づけろっておっしゃってますよ!!」
「あ。忘れてたなー」
そういえば、今日は教皇の息子であるシュリカリンが来てくれる日だった。マスハイドとルインダを引き連れて。
「人形劇してやろうって思って、で、ソファーんとこに運んだままだったなー。って、失礼な! あれ、ガラクタじゃ無いし!」
「片づけろって、ソラ様が怒ってます・・・」
「いやダメだって、あれ、あのまま使うから。あ、ダーサンガッタ、今、手、空いてるよね。組み立てるから。手伝って」
「えっ」
「じゃあ、ローガン博士、ありがとうございました」
「いや、構いませんよ、イズマ様」
こうして、再び袖に少女の胸像をしのばせて、イズマは父の執務室へと足を向けた。
***
さて、パンデフラデ領主ソラは、ただ周囲に八つ当たりしていただけではない。
兄プラムを連れて行ったと思われる教会に、状況の説明を求めるための使者を速やかに送る指示も出していた。
そして、使者は教会に辿り着き、その扉を叩く。
***
「ミト様! ミト様!」
パンデフラデ領主の兄・プラムと思われる存在を連れ込んだ教会の馬車置き場。
その扉の外から、教会で働く世話人の一人が扉は開けず、慌てたように報告をしてきた。
「なんじゃ」
ミトが応えたが、その声は、閉ざされた扉の外には決して聞こえていないだろう。
代わりに、扉の内側、ミトと同じく馬車置き場の中にいる一人がミトの言葉を代弁する。
「どうしたー、クディリテ」
「ソラ様からの使いの、ゼーリスンが来ています。プラム様について説明を求めると言って。どうしましょう、ここへお通しします?」
扉越しの声に、皆がザワっとした。
「早いな」
「さすがソラ様、迅速だね」
「どうします、ミト様」
ミトは言った。
「困ったのぅ」
「ぇっ! ミト師? 困ったって何でですか!」
「ミト様? 対策は考えておられなかったのですか」
「そうは言ってもの、予定と違うことになっておるじゃろう。ジジィの頭では状況にまだついていけておらんでの」
「こんな時ばかりジジィを強調しないでくださいよ!」
「いやなに、プラム様をお招きできたのは思い切った幸いと呼べよう。ワシだけではこんな大胆な事はできなかった。ただのぅ、あまりに急にこの状況で、この後どうするかはプランまっ白じゃ」
「うー・・・」
「アルパッサ、若いんだから案を出せ。司祭代理じゃろう、そうじゃそうじゃ、さぁどうしよう?」
「えっ・・・いえ、あ、そういえばなんですが、私にはまだ司祭代理とか早いと思って・・・見習いで充分です」
「なに言ってんじゃ、向上心のないヤツじゃのー」
「いや、でもプラム様が教会に来たから、師匠はまだ司祭として教会にいられるってことじゃないですか」
「そうは言ってもワシは十分トシなんじゃから!」
「・・・ちょっと、ミト様、アルパッサ! 話の論点がずれてます。ゼーリスンさん待ってますよ」
「あっ、そうじゃったの」
一方、師弟の緊迫感の欠けていく会話を聞きながら、話題の中心人物である、ソラの兄・プラムを見上げたのは、世話人の一人・おっとりコテッツアだ。
コテッツアは、未だに黒く、妙な存在感を持ってそこにいる背の高いプラムを見て思った。
いきなり、誰か外の人にこの姿を見せるのは、絶対に事態をまずくさせる
自分たちだって、自分たちが愛するミトがプラムを助けたいと強く願い、話を聞かせてくれたからこそ。
ミトを助けると思って、自分たちはプラムの世話を各々受けいれているのだ。
それがなければ正直なところ、悪魔の病の話も恐ろしいし、何よりプラムの姿も恐ろしい。
得体が知れず、プラム様と分かっていても何者か分からず、そして病が広まるかもしれず、自分たちもこの姿になるのかもしれず。
けれど、全てはミトのために。ミトを敬愛するからこそ。
だけれど、全ての人が自分たちと同じ速度で同じようにプラム様の事で手を貸してくれる気はあまりしない。
あまりにもプラムの姿は異様を感じさせるから。
「ちょっと、リックデン。プラム様なんだけど、少し、姿を隠せない?」
「は? 何言ってんだコテッツア。なんで隠す必要があんだ」
コテッツァはリックデンに説明した。
「・・・なんか、いきなりこの姿をゼーリスンさんが見るのはまずい気がする。悪魔だ悪魔だって言いふらしそう・・・」
「えー、そうなのか?」
「だって、私たちも、完全防備で接してるじゃない・・・」




