125.推察
しばらく待ったが、青い光の向こう側、トートセンクたちの声はまだ聞こえない。
サリシュは口を開いてみた。相手はケルベディウロスだ。
「ねぇ、ケルベ」
『・・・なんだ』
「さっきの子守唄の、いわれというか・・・何か知ってる?」
『ふむ。情報量はいくら払える』
「えぇーっ、料金取るのね!? えぇー、もう! いいわ、お父様持ちでお願い!」
サリシュの発言に、隣の夫・イングスが怪訝そうにサリシュを見た。
「・・・『お父様持ち』・・・?」
しまった、料金がいるって事とそれをお父様に払ってもらってるって事はナイショにしてたのに! ケルベのバカー!
ちなみに、夫にはBBの存在は話してはいるが、『ローヌ人にしか使えないし秘密なの♪』程度にしか言っていない。自分の趣味ともいえる情報収集は得てして高額になりがちで、夫に払わせるには気兼ねするし、そうなったら気ままに使いにくいし、そもそもローヌ内の取引にならないし、父は裕福だから気にせず払ってくれるしで。そんなこんなで今の状態だが、さすがに夫に父の料金肩代わりを言うとプライドを傷つけそうな気がするので秘密にしていたのだが。
一日も早く、イシュデンの霧が、イングスの今聞いた記憶を消しますように!!
サリシュは願った。
サリシュはなんとかごまかそうと強引にケルベとの会話を続けようとした。
「ええーと、ケルベ・・・!?」
『冗談だ、今現在『BB』は通していない』
からかったのねー!! ケ、ケルベのバカー!
しかし、無料自体は喜ぶべき事だ。夫の忘却のためにも、料金に関する話題は早めに終わらすに限る。
「そ、そう。じゃ、教えて・・・!」
ぶわっと青い暖炉から紫の炎が浮かび、愉快そうにチラとゆれて戻る。サリシュが慌てている現場をチラと確認しにきたに違いない。
イジワルー!!
『まぁ良い。教えてやる。他ならぬサリシュの頼みだ』
もうー、今更調子の良いこと言って! ブツブツ。
『あの歌は、小さき世界に随分古くからある様子だ。そう・・・。だが、元々は大陸の北西部でよく歌われた。ローヌにも流れている。・・・ふむ。大昔に流行ったようだ』
「大昔ってどれぐらいのことなのかしら?」
『少なくとも、『BB』成立以前。さらに遡り、『祭壇』さえまだ生み出されていない』
「えぇと・・・」
と、見当をつけかねているサリシュに、夫が助け舟を出した。
「すまないが、その当時活躍した人名等教えてもらえないだろうか」
『フハハ』
ケルベが何故か愉快そうに笑った。
『ならこれはどうだ。お前たち二人に馴染み深かろう。イシュデンの建築家、クリスティンの活躍したとされる時期。それに近しい』
「建築家・クリスティン」
夫・イングスが隣で呟く。
サリシュも知っている。というかイシュデンに来てから知った。このイシュデンの大体の建物を作ったという、イシュデンの一番の偉人。
「それって・・・ものすごーく、大昔よね?」
『そうだ。大昔だと言ったはず』
ケルベは少しバカにしたような愉快そうな声だ。
「それほど昔からある歌が」
夫・イングスが言葉を選びながら声に出していた。
「・・・・トートセンクさん、あなた方の歌う歌と同じだと?」
サリシュは首をかしげた。
「偶然じゃないのかしら? あ、それとも、アトロスみたいな子がその時もいて、向こうの世界に行って、歌を覚えて帰ってきて広めた、とかかしら?」
「・・・まさか、建築家・クリスティンは、トートセンクさんの仲間の生まれ変わりか・・・?」
とは夫だ。
『ふむ。確かに興味深くはある。だが先に我輩の見解を述べよう。確かに、真なる世界にいけるものがその時代に現れていた可能性は否定できない。行けずとも、真なる世界の音を聞き、目にする者がいたのは間違いがないからだ』
少し言葉が切られて、続けられた。
『ただ、我輩が真なる世界から締め出された前後に活躍したものが、エクエウの生まれ変わりだったと? 記憶さえ持っていたと? ありえない。ようやく今、お前たちが生まれているこの状態なのだ』
サリシュは首をかしげた。
「ねぇ、でも、ケルベ。ケルベディウロス。あなたにも知らないことも確かにあると思うわ」
サリシュの夫・イングスが言った。
「失礼ながら・・・生まれ変わりではなく、まさに我々が暮らしている場所に『弾き飛ばされた』のだとしたら?あなたがそこに逃れたように。例えば、トートセンクさんの仲間が、我々の世界に逃げていたなら? 先ほどはただ思いついて口にしたが、建築家・クリスティンがそうだとは言わない。だが、トートセンクさんの仲間の一人が、記憶を持ったまま現れた可能性は無いのだろうか? そして、歌を歌った。それが流行り、子守唄として残った」
ケルベディウロスは呻いた。
『可能性は低い。我輩でさえこの状態なのだから。あの一瞬で、全てを保って別の世界に移動するなど無理というものだ。我輩たちは、真なる世界において、時間を止められるなどと一切感じなかった。一切なかったのが、ただ一瞬で起こったのだ。その瞬間に全て対処できる者などいるものか。いや・・・』
ケルベディウロスは少し黙り込み、また言った。
『可能性は低い・・・我輩たちクォルツやエクエウが・・・小さき世界の住人としてその時現れていたとして・・・。だが気になっている事はある。我輩は、クォルツの2番手。リーダーをキュオザロンという。我輩はこのように残ったのに、キュオザロンがただ大人しく時間を止められてなどいるものか・・・? いや、我輩はただ偶然、この空間に逃げる事が可能だった。だがキュオザロンは我輩ほどにこの空間への移動は得意でない。だが・・・キュオザロンほどのものが、ただ、ただ、大人しく止められてなどいるものか・・・!』
サリシュが少し首を傾げながら尋ねた。
「ちなみに、トートセンクさんの方は? トートセンクさんの方のリーダーの人とかはどうなったのかしら」
『ナナキーナ・・・』
ケルベディウロスが呟いたのは、相手のリーダーの名前かも知れない。
「ん?」
夫・イングスが呟いた。
サリシュが夫を振り返ると、夫は眉根を寄せている。
サリシュは反対側に首をかしげて尋ねた。
「どうかした? 知ってる名前?」
夫は右手を軽く握ってアゴにつける仕草をして考えていたが、かろうじて出た答えはこうだった。
「・・・何かどこかで・・・見知っている名前のように思えるのだが・・・」
「忘れちゃった?」
「・・・うぅむ・・・」
それなら仕方ないわ、と、サリシュは思った。なぜならここはイシュデンで、物忘れなど日常茶飯事だ。
ちなみに、自分はさっぱり思い当たらない。つまり、夫が自分に話してくれたことが無いという事だろうから、少なくとも、なにかの外交で重要な人の名前では無いのだろう。




