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123.歌

アトは謝りの言葉を口に出しかけて・・・止めた。むやみに言う言葉ではないと思ったからだ。


「トートセンクさん」

誰も返してこない中で、アトは呼びかけた。

泣いていて、答えることができないのかもしれない・・・それでも、聞く相手はトートセンクだと思う。


少しして、セフィリアオンデスが答えた。

『“アト様”。ごめん、トートセンク、無理だわ。私のせいかもだけど!』

「・・・そう、ですか・・・」


『ツォルセティーナって女の子のことは、私からも話せるよ。ただ、トートセンクの把握の仕方と私の把握とはちょっと違うみたいだし、両方から聞いた方が良いよね。ただ、どうも、今はもうこっちの世界にはいないみたいだ。私も気にかかるんだけど』

「・・・どこを探せば良いとか、分かりませんか?」


『うーん・・・正直、私にはわかんないよね』

「そうですか・・・」


アトとセフィリアオンデスとの会話に、父が入った。

「ツォルセティーナについては、後で詳しく聞かせていただきたい」

『良いよ』

と、すぐに答えが来る。

その横で、アトは不思議に思って、隣の父を振り返った。

「後で?」

「そうだ」

尋ねられて、父はうなずいた。


その傍で、突然、母が首を傾げながら、

「トートセンク、トートセンク、泣かないのよ」

と、囁くように言った。アトと父が思わずぎょっと母を見つめる。

母は、『なんかそんな気分だったのでとりあえず言ってみました』という雰囲気だったが、アトと父の顔がわずかに強張る。


『あ、余計泣いたよ、えーと、サリシュって女の人』

「あら、ごめんなさい」


『あ、でも声は聞けて嬉しいみたい・・・イテッ! 蹴るな!!』


***


正直この流れにアトは困った。

それに、今まで主導権を持っていたケルベディウロスが黙っているのも気にかかる。


「ケルベディウロス・・・?」

アトは呼んだ。


『・・・うむ。イシュデン=トータロス=アトロスよ』

「はい」


『お前が知る、お前が話したい内容は、それで全てか?』

「え、はい」


『ならば。もう眠れ』

「・・・え?」

「お言葉に甘えて、そうしなさい、アトロス」

と、父が即座に言った。


「え、しかし・・・!」

驚いて口答えしようとしたアトの両肩を、父がやわらかく叩いた。

「お前は良くやった。この後は、任せておきなさい」


「でも、まだ全員の話が・・・!」

「この3人の話だけでどれほど時間が経っていると思うのだ。お前は、昨日の夕方から、ずっと向こうで動いていたのだぞ。今はもう翌朝だ。十分に働いている。良くやっている。普通ではないことを、その身に一気に引き受けているのだ。休みなさい。これで終わりではない。まだこの先があるのだぞ。休み、備えるのだ」


そんな、と、アトは父の顔を見上げた。

父に少し微笑んだ。

「いつもなら、とっくの前に眠り、もうそろそろ起きる時刻だぞ」

父に時間を意識させられると、魔法にかかったように、どっと眠気を感じた。


「で、でも・・・でも」

言いながら、アトは頭を振り、眠気を振り払おうとした。気を張らなくては・・・!


父が穏やかにアトを諭す。

「良いから。サリシュ」

父が母を呼びながら、アトの後ろに椅子を軽くあてて、アトを椅子に座らせてしまった。


えっ、とアトが驚くうちに、ふわっと手が伸びてきて、アトの体は暖かいショールで包まれた。

母上!?


顔を上げると父が、アトの頭に手をぽんと乗せて、暖かいその手のひらで瞼をじわっと覆って降ろしてしまった。

「いい子だ。おやすみ、アトロス」

「・・・」

一気に、暖かくて、心地よくて、瞼が重くて、そのまま眠りそうになる。

それでもと、抵抗して、瞼を開けて口を開けた。

「・・・ちょ・・・」


と・・・


あろうことか、青い光の向こう側から、低いけれど心地よい振動を持った子守唄まで流れてきて、母がそれを一緒になって歌った。


一気に、とろんと来た。


あぁ、この歌、この歌声、知ってる・・・。

ずっと昔に、聞いていた声。


母の歌う高い声。


暖かくて。アトの意識は眠りに落ちた。


***


歌が聞こえる。泣かなくても大丈夫だと、慰めるような。

トートセンクは、思わず地面に降り立ち、白い砂が散らばる大地にペタリと座り込んだ。


何もかもが失われたようなこの場所で。何をしていいのかわからない。

怒っても何にもならないと-むしろそれはしてはいけない、余計に自分の望むものから自分を遠ざけると―怒られて。


だけど。理不尽だと思わないか。

ならばどうすればいい。この怒りはどう扱えば良い。


“何かをしたとは思えない” ― 異世界の者がそう言った。

そうなのか。そんなわけがあるか。なぜ現れた。


トートセンクは、セフィリアオンデスがナナキーナの体を守ろうとして押さえた時に、ナナキーナの足にひびが入った事実も忘れてはいない。

忘れてはいないが。


・・・わかっている。怒りをぶつけられる相手を求めているのだ。


それを自分はセフィリアオンデスには求めない。


不公平?

違う。それぐらい許されていいはずだ。


なぜなら、この状況。この状態。

怒りを誰かに向けることぐらい、許されていい・・・。



青い光の向こうから響く低い声。そしてよく通る高い声。

懐かしい歌。懐かしい響き。

まるで自分の周りに暖かい着物を一枚一枚かけるような柔らかさ。


トートセンクは心の中で呼びかける。


“サリシュ”

あなたは この歌を歌えるのに


・・・リナッフ。

あなたは 今もその歌を歌うのに。



涙が流れる。


自分を取り囲むように微笑んでいる、皆の顔が ― 昔の光景が思い出される。


皆、自分を置いて、行ってしまった。


まだ、ここにいるのに、皆先に行ってしまった


手が届かない。


それなのに。歌が、

“まだここにいる お前の傍に皆が居る”

そう言ってくるような、気持ちがする。


もう傍には居ないのに、お前は気付いていないだけで、今も変わらずここにいるのだと。そう皆が言っているような、気持ちがする。


トートセンクは涙を落しながら呼びかけた。

エクエウのリーダー、光り輝くようにさえ思えた人。

「ナナキーナ」


ぽんぽん。

トートセンクの肩が突然、叩かれた。

うつむいたまま目を見開く。


目の前に、ちょっと変わった形のサンダルをはいた小さな両足。

分かっている。セフィリアオンデス。


どうしてお前なのだ。

と、トートセンクは思った。

どうして、自分がこういう状態になっている時に、お前が傍に居るのだ。


セフィリアオンデスは座り込んで、うつぶせのままのトートセンクの顔を下からのぞきこんだ。

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