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117.ケルベディウロス、語る

『・・・お前は、何を語るのだ』

はっきりと、低い、感情を押し殺した声がした。

『お前は何だ』

トートセンクだ。


「私は、アトロスの父として、サリシュの夫として、二人を支える。トートセンクさん。あなたの傍にセフィリアオンデスさんがいるのと同じだ」

『・・・』


『うわ、その顔、コワ!!』

セフィリアオンデスの声。

『まぁ、諦めなよ、今ここにはアンタと私しかいないんだ。助けてやるから、助けられる覚悟ってもんを持ってみなよ』

ちょっと愉快そうだ。


「加えて、なぜアトロスがそちらに向かったのか、こちらの事情をお話したい。サリシュとアトロスの話の補足をさせていただきたい」


ケルベディウロスが答えた。

『これで、この場にいるもの全て』

『ん? 黒い吠えるのも居たよね? “アト様”。一緒に帰ったでしょ?』

セフィリアオンデスが尋ねてきた。

アトは答えた。

「あ・・・こちらには居なくて・・・一緒に帰ったと思ったんですが・・・」


『・・・普通は戻れないものだ。イシュデン=トータロス=アトロス』

「え?」


『お前は、特別だ。なぜかは知らないがな。いや・・・お前の父・・・そこにいる、イシュデン=トータロス=イングスは、話せるかもしれん』


「父上?」

アトは傍の父を振り仰いだが、父は、黙っている。

その様子に、アトはケルベディウロスに尋ねた。

「え・・・じゃあ、あの黒・・・・パンデフラデ=トータロス=プラムは、どこに行ったんですか?」


『すでに我輩の知るところにない』

知らない-ケルベディウロスのその答えにアトは絶句した。


『イシュデン=トータロス=イングス』

ケルベディウロスが父に呼び掛けた。


「・・・何でしょう」

『我輩は、我輩について、今、正しく語ると決めた。お前はそれを聞くこの場に居る。ならばお前も、関わる可能性のある物事について、全て語るべきだと、そう思わないか? お前だけが、秘密を語らずすまそうと?』


「あなたは何を知っている・・・?」

『知らん。だからこそ求める。その昔、お前に運命が告げられた。その内容は知っている。だが、その後に何をした?』


「・・・私が秘密を保つのは、息子のためだ」

父の発言にアトは驚いた。父は、何かを秘密にしている。


いや・・・違うのかもしれない。

僕も知っていたのに、忘れたのかもしれない。

イシュデンの霧は、いろんなことを忘れさせていて・・・。父は、忘れずに覚えているだけなのかもしれない・・・。

 

『お前がそれを秘密にするのは、息子を想うためなのだろう。だが、それが全てでもない。お前が、お前を恐れるからだ』


「あなたは何を知っている?」

『我輩は知らぬ。我輩は、今、語る事を求めている。おい、息子。イシュデン=トータロス=アトロス』


「えっ、はぃ」

『お前は、お前についての事を、秘密にされていることをどう思う』


「え・・・」

「息子が、大人になった時に言うべきです」

『息子に聞いてみろ。それに、大人と言うのはいつなのだ? 我輩には、お前たちはいつまでたっても幼く小さい。小さき世界よ。お前たちは、いつまでたっても子どものままだ』


「ケルベ! あなた、何?」

『あのさー。なんの話? 重要な話ってなら、こっちも聞かせてもらいたいけど・・・それ、こっちに関わる話なのかな? 今、聞く話?』

母が憤慨し、セフィリアオンデスが疑問を挟む。


けれどケルベディウロスは父に話し続けた。

『我輩が語るより、父が息子に語った方が良いと思わんか? イシュデン=トータロス=イングス。イシュデン領主よ。運命の老婆から聞かされた話だ。お前はそれに抗えなかったはず』


アトが見る中、父は奥の歯をかみしめて、かみしめすぎていて、アゴのあたりは白くなっていた。


「父上・・・」

アトは、努めて静かな口調になるように、呼びかけた。

父が、アトを見つめ返す。アトの目を受けて、それから、ふと母へも視線を走らせた。


「父上・・・。・・・聞かせていただけませんか」


父と母が目を交わして、父は目を伏せた。そんな父は珍しかった。

母が傍に来て、父の腕に手を添え、アトの肩に手を置いた。

 

少し間をおいて、父がアトの頭に手を置いた。母が手を添えていない、自由になる方の手だ。

「わかった」

と、少しゆっくりと、自分の言葉をかみ締めながら、父は言った。


こうして、この場にいる者たち全員が、それぞれが知る事を語ることに決めた。


***


いつのまにか、話の中心にいるのはケルベディウロスだった。

だからだろう。一番初めに話をしだしたのも、ケルベディウロスだった。


アトたちは、ケルベディウロスが語るのを聞いた。


ケルベディウロスの世界の話。

アトが辿り着いた白い世界には、昔たくさんの人たちがいて、ケルベディウロスたちと、エクエウ-背中に翼のある人たち-も仲が良かったのだという。


ただ、途中でいさかいが起こった。


ケルベディウロスはこう言った。

『空からものを見るエクエウは、傲慢にもこう思った。見えるもの全て自分たちの世界だと。空も、地上も、そして、そこに生きる我輩たちクォルツをも。全てを管理するのがエクエウであり、全てをエクエウの意志の通りに運ぶべきであると』


この話の時に、青い暖炉の向こう側から、バタバタとした気配が起こった。

『うわこの! 落ちつけ、落ちつこうって、ちょ  アンタは・・・わかる、わかる・・・いやわからない、そうさわからないから話を聞くんだろー!!』


きっと、エクエウの生き残りである トートセンクが怒ったか何かして、それを隣にいるらしい、金茶色の瞳のセフィリアオンデスが必死でなだめているのだ・・・とアトは思った。


皆同じように感じたに違いないない。誰もそのバタバタについては口を挟まなかった。


『まず聞きなよ! ていうかここでそんな攻撃力出されても自分の場所を壊すだけだってば!! 自分と違う立場のものの話って、腹立つかもしれないけど、ものすごく重大な話だったりするんだから!!』

セフィリアオンデスの説得の声。

バタバタしている気配をよそに、ケルベディウロスは話を続けた。


やはりその後も時折起こるバタバタをも聞きながら、アトは、ケルベディウロスというのは、実は大変な大人なのだと・・・アトなんか足元に及ばないぐらいの落ち着きと冷静さを持っている存在なのだと感じていた。


同時に、不思議に思った。

バタバタしている二人は・・・初めて見た時には、仲なんてさっぱり良くなかったように思えるのに。

それなのに、今はなんだかなだめたり一緒にいたりしている。


世の中って、知らない間に、そしてあっという間に変わっていくものなのかもしれない。


もちろん、一方で、ケルベディウロスとトートセンクたちの世界のように、長く変わりがないものだってあるのかもしれないけれど。

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