116.今、話し合う時だ
アトは自分を奮い立たせようとした。
がんばれ、僕。
オクロドウさんに、教えてもらった『会話の仕方』とか、父上やデルボやサルトたちから教えてもらった『仲直りのしかた』とか・・・。学校、先生たち・・・。今まで僕が身につけたことを総動員して、がんばるんだ。
“残酷な事を言いましょうか、アトロス様”
アトの脳裏に、父の補佐、グィンの冷たい横顔も蘇った。
“ここは皆が仲が良い。だが、世界は広い。皆仲が良いと思うのは間違いです。残念な事に”
“話などできないという時に、話をする気にさせるのも、技術の一つ。思いやりでは決してない。『話をしないと損をする』『話をすると得かもしれない』。打算的な、損得。-おわかりですか? そういうモノを”
グィンは言った。
“利己的な、打算的な損得。世界を動かしている力の一つ。それを使うのです。それが大人というものです”
損得。
損得で、話し合いをしたくない人たちも、話をしてもいいと思うのだろうか?
損得?
“-それを悲しいと思うなら・・・あなたは違う方法を使う大人になれば良い”
珍しく優しい顔をして、グィンは笑った。
笑うと、一気にメチルに似ている。いや、メチルがグィンに似て生まれたのだ。
“お父さんって、難しいコトよく言うんですよね”
そう言ったのは、メチルだ。アトの部屋のシーツを取り替えながら。
“きっと、外の世界で、すごく苦労したんだと思うなぁ~”
メチルは笑った。
“お父さん、イシュデンに来て、本当に良かったんだと思います!! 『イシュデンは、皆がためらいなく優しい』って、褒めますもん。すごく優しく笑うんです!”
色んな記憶が瞬時に思い返された。
アトは、少し瞬きをして・・・。肩の力がそれで少し抜けるのが分かった。
自分に合った方法で。自分に馴染んだ方法で。精一杯伝えてみよう。
たくさん教えてもらった中から、自分が、使いたい方法を選ぶんだ。僕は、気持ちは曲げられることなく伝わるって信じて、話をしたい。
「僕は、何をしにそちらに行って、何を見て、何があったかを、僕の体験を、お話したい。だから、教えて欲しいです。何があったのか。起こった事の、意味を」
『・・・何を・・・この無自覚な・・・!!』
『トートセンク! 抑えなって・・・!! 分かってんのアンタ、今、この今! 怒りで全部壊さないー!』
高いよく通る声―セフィリアオンデスという、金茶色の瞳の人も必死で訴えている。
『あんた、自分の大切なモノ、本当に壊しちゃうよ!? あんたの望み、あんた、元に戻したいんだろ!?』
『 ・・・ ・・・ ・・・!!』
『無茶言う、誰も何が良いのかなんて分かんないよ! でも、今できる中で一番近いものがあるなら、それを選べるんだよ! あんた、今ここでそれ・・・私も死ぬよ、それ! 残ったモノ全て、あんたの手で壊す気!? 自分で狭めちゃうんだよ! あんたの願いがかなう範囲ってのを狭めちゃうよ! 今がどんなに大切か、思いだしてみてよ!』
『・・・ ! ・・・』
『・・・大丈夫だって、私だって、助けようと思ってる。でもさ・・・アト様って子の言うとおりだ。何が必要で何を行ったら良さそう、どうしたい、ってのを、ちゃんと伝えてくれなきゃ分かんないよ。・・・何が起こったのか、あんたも知りたいだろ? 怒るならその後でも間に合うよ。どう? それに・・・』
セフィリアオンデスは、そこで一言、声を区切った。
『たぶん・・・私しか気付いていないコトが、私にも、ある。たくさんの像が崩れた時さ』
静かになった。
ケルベディウロスは言葉を発しなかったし、母も父もじっと黙って会話を聞いていた。
アトも、じっと聞いていた。
静かな時間が少し流れてから、声が再び聞こえた。
『改めまして、アト様 ― 私たちクリスタルスレイが愛する、クリスティンのお友達・・・私はセフィリアオンデス。あんたを助けてあげた。私が誰か分かる?』
「分かります。・・・昨日も、落ちかけたのを、助けてもらいました」
『そうだった。正確には、落ちてるところを、助けたんだ。あんたの提案、こっちは乗った。私は、私の事情と、私が見たことを教える。それがお互いのためになるはずだよ。今・・・何か選ぶことができる状態にあると思うんだ』
「・・・応えてくださって、ありがとうございます」
『こっちにはもう一人いる。トートセンク。こっちの事情も、話させるから。で、そっちにはまだ色々居るよね。トートセンクの敵の人とか。サリシュっていうきれいな声の人とか』
『我輩はケルベディウロス。その通り、エクエウとは敵対していた』
『・・・・・・!』
『過去形? 今は違うの?』
と、セフィリアオンデス。トートセンクのフォローに入ったみたいだ。
『・・・我輩も、我輩の事情を語って聞かせよう・・・。代わりに、我輩も、『真なる世界』に残っていられた様子のエクエウの事情を聞かせてくれ』
また沈黙。
『・・・気持ちはわかんなくもないけどさ。あんたの一番の望みがかかってるかもしれないよ?』
とセフィリアオンデス。これは多分、トートセンクに言ってきかせている。
セフィリアオンデスの声がこちらに返ってきた。
『ま、こっちの事情についても、話せるよ。あと、こっちの・・・トートセンクの事情ってのも分かってやってよ』
『聞かせてくれるなら、分かる事もあるだろう』
と、ケルベディウロスが応じた。
『ただ・・・サリシュ。お前が知らない、お前の事も、我輩は語る事になる。心しておけ。本来は、お前は知らなくてもいい、神話の世の話なのだ』
「え・・・私!?」
母が驚きながら、答えた。
「・・・よく分からないけど、じゃあ聞かせてもらうわ」
『ふむ』
父が声を出した。
「失礼。私もこの場に居る。アトロスの父、サリシュの夫です。名はイシュデン=トータロス=イングス。イシュデン領主です。私もこの場にいることを了承いただきたい」




