115.アトの決意と提案
イシュデン。
領主の館、隠された一つの部屋だけが青い光に満ちている。その部屋は今、不思議な場所と繋がっている。
白い世界からこの部屋に戻ってきたアトは、黒いプラムが傍に居ない事を寂しく思った。
一緒に進んできたはずなのに。どうして傍にいないんだろう?
どこに行ったんだろう? どこにいるんだろう・・・?
その表情から察したのか、父が言った。
「パンデフラデ=トータロス=プラム・・・。パンデフラデ領主の家の者の名前だな。アトロス。お前がイシュデンに戻ってきたのと同じに、お前の友人は、パンデフラデに戻ったのだろう」
そうなのだろうか・・・? そうだと良いけれど。
パンデフラデ。
地理に弱いアトは、その土地が大陸のどこにあるのかさっぱり見当がつかない。
・・・また会えると良いのだけれど・・・。
「アトロス・・・。客人の・・・商人の子は、見つかったか・・・?」
父が尋ねてきて、アトは首を振った。
「いえ・・・見ませんでした・・・」
「・・・・向こうで、何があった?」
「・・・それが・・・。僕は、自分で何をやったのか、分からないんです」
「何が起こった?」
アトはじっと父を見た。
一方、傍で、母が暖炉から聞こえる声との会話をつづけていた。会話の相手は、異形のモノ、ケルベディウロス。
そして、弾けるような元気な声・・・金茶色の瞳の人。セフィリアオンデスと名乗っている。
そして、たまに不機嫌そうな押し殺すような声・・・きっと、この声は背中に翼のある人。名前は、トートセンク。
ケルベディウロスは、休養を取れと言った。言われて、アトはそれに従った。だから、父と母の待つ、イシュデン、この部屋に帰ってきた。
そして、きっと父も母も、アトの話を大体聞いたら、アトに休めと言うだろう、と、アトは思った。あとは父と母に任せて、お前は休め、と言うだろう。倒れては元も子もないから、休みなさい。
ケルベディウロスもそう言った。焦る事はない。お前は子どもなのだから、休養が必要だ・・・。
でも。今・・・僕は。
アトは決意を口にした。
「父上。僕・・・自分が何をやったのか・・・何が起こったのかをきちんと知りたいです。今、向こうで会った人たちと、今、話ができるから・・・僕が何を見て、何をしたか・・・僕は、あの人たちと、話したい。そして、あの人たちの、話を聞きたい」
父はじっとアトの目を見た。アトはその視線を真っ直ぐ受けて返した。
「わかった」
父は言った。
否定されると思っていたからだろう。気持ちを認めてもらえて、アトはほっと、心の内に暖かさを感じた。
父の息子で良かった、なんて思いさえ、少し・・・はっきり自覚するところまでいかなかったけれど。
アト自身は気づいていなかったけれど、それは生まれて初めて、反対されると思った上でそれでも自分の気持ちと願望を口にした瞬間だったのだ。
***
その呼びかけと申し出は、アトが行った。
まずは挨拶から。
礼儀正しい挨拶と言うのを、物知り博士のオクロドウさん―夜は霧の観察をしているが、朝や夕に、気が向いたらアトの教師役をしてくれる―に教えてもらっていたので、覚えている限りの、一番丁寧な挨拶の仕方をアトは行う事にした。
さっき会ったばかりの人たちだから・・・
「・・・改めまして、ご挨拶いたします。イシュデン=トータロス=アトロスと申します」
それから
「今さっき、あなたがたの・・・いるところに、いるところを、訪れた者です」
こんな話し方は、言い慣れなくて言葉に迷う。
即座に、反応。
『お前は・・・! ・・・の・・・れ・・・・・・!!』
押し殺した、声。
『うあああああ゛!! ちょっとー!! いやちょとまて “アト様”!! 今出てこないでよ! ギャー!! 止めて! 止めろ! トートセンクっ!!』
え、会話に入らないほうが良かった? 僕?
『イシュデン=トータロス=アトロス。思った以上に疲れているはず。早く休むが良い。・・・サリシュ、息子を休ませろ!』
「え・・・っと・・・。アト・・・」
母が困ったようにアトを振り返った。
父は黙っている。
アトは、困り迷っている母の視線を受けとめた。
大丈夫。ここには、父がいる。見ていてくれる。ケルベディウロスも、いる。頼もしい存在。
オロオロしている母に、アトはなぜか少し笑んで見せていた。大丈夫ですから、母上。
青い暖炉に、いや、今ここで話す事のできる人たちに向けて、口を開く。
「僕・・・皆さんに、お願いがあって、話しています。あの、今、休むよりも先に、僕は知りたいんです。今、話したいんです」
これは、自分のわがままなんだろうか? 僕は、入るべきじゃないんだろうか?
でも、僕は、僕が何をしたか・・・そして、何が起こっているのか、そして、この人たちは何なのか。知りたい。
そして、すでに関わってしまったと思うこの人たちを知って・・・
僕が 決めたい。自分が、どうしていきたいのかを。




