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114.塔に踏み込む

イズマはラトの手をスィと振り解いた。

ラトは涙に濡れた大きな目で不安そうにイズマを見上げたが、イズマは肩をすくめるような仕草でそれに応えただけだった。


ジャリ、と、イズマは黒く崩れた塔の中に歩を進めた。


「・・・! イズマ! 入りすぎだわ!」

ラトが非難の声を上げるが、イズマは気にしない。


「大丈夫だって」

「だめよ! 止めてよ!」

強気な口調のくせに弱気な発言で、実際ラトは怯えている。

伯父プラムは、病か、他の何かの結果は分からないが、隔離されるような状態にあった。血縁者である自分たちは、より影響を強く受けかねない、と不安になるのだ。もし、伯父と同じようになってしまったら・・・?


「イズマ!」

「大丈夫だってー」

答えながら顔を向けてみれば、ラトの表情は本気だった。演技ではない。本気で顔が強張っている。

ラト、すごい顔している、とうっかり口に出しかけて、イズマはかろうじて思いとどまった。

そんな顔をさせているのは自分だった。

ちょっとなだめておこう、と、イズマは言葉を探した。

「大丈夫、俺、呪いにはかからないから」

「病気の方かもしれないでしょ!!! そこ、伯父様の暮らしてた場所なんだから、近寄っちゃダメよ!」


「うーん」

結局適当に返事をしながら、イズマは伯父プラムが40年以上をじっと過ごしていた場所に立っていた。

「ほら、カミナリで、焼けてるから大丈夫だよ、いろいろ」


塔が塔の姿を保っていた時、あまり近寄ったりはしなかった。勿論、好奇心はあったけれど。


こんな事も起こるんだな、と、イズマは感心さえしていた。

こんな風に、崩れるなんて。


確かに、崩れ落ちた周りに複数の足跡がある。何か大きな布のようなものを引きずったような跡も。

馬車がここに来て、酷く重い何かを積んで来た道を戻って行った跡もある。

父に報告された内容から、恐らく、この馬車のわだちは教会へ続いているのだろう。


ラトが泣き出した。これも本気だ。

ラトはパンデフラデの劇団の主演女優だが、舞台晴れするように指導された結果、演技の場合は所作が大きくなるのだ。

「お願い」

とラトは本気で訴えた。

「戻ってよ。止めて。帰ってきてよ。帰ろうよ」


「うーん」

さすがにこの状態になるとイズマも弱る。

とはいえ折角来たというのに。

「・・・もうちょっと。もうちょっとだけガマンして。目をつぶってて」


うわーん、と、ラトがマジ泣きする。

それを放っておいてイズマは足元、塔の崩れた様子を、中心部から眺めていた。


黒く焼けた柱。落ちた大小の石。


イズマは、崩れた塔の中心部で、足先でいくつかの石を蹴ってみたり、石の上に乗ってみたりした。

ラトほど深刻に影響があるとは考えていないが、それでも素手では触れようとは思わない。だからせめて靴を履いた足先で確かめてみようとする。


自分は何を確かめようとしているのだろう。

伯父がここにいたという事実なのだろうか。


「あれ」

少し大きな石の上に乗って周囲を見回したイズマはそれに気付いた。

石から降り、傍に寄って顔を近づけてみる。

ためらってから、イズマは指先でそれを拾い上げた。


「・・・焦げてない」

イズマは呟いた。


立ち上がり、イズマは指先で拾ったそれを間近に見る。

白木を彫った、小さな胸像。髪は短いが少女の姿を写したようだ。

どこかはかないような、頼りげ無い、それでいて優しい顔をしている。

そして、なんて繊細な作りだろう。

「・・・キレイだな」


伯父の持ち物だろうか。それにしては新しいもののようだ。

まさか、伯父が彫った作品なのだろうか?

誰を想って彫ったのか。・・・婚約者であった、自分の母の姿か?


指先でくるくる回して、底面の文字に気がついた。

「・・・」

イズマは目を細めた。

文字かと思ったが、読めない。

文字ではないのか・・・? いや・・・どこかで見た。


いまは大陸中で同じ言語を使っている。だが、未だに地方に残る言語もいくつかある。


それなりにパンデフラデ領主の家の者としての教育は受けている。たぶん以前に地理・文化学で目にした文字の一つだろう。『見た事がある』程度に、何となく覚えがある。


調べてみるか。


ラトはもうずっと子どものようにしゃくりあげて、座り込んでしまっている。

調べたいものもできたし、そろそろイズマは戻る事にした。


「イズマのばか~」

と、まだ涙を落しながらのラトに言われて苦笑した。イズマが長く帰ろうとしなかったからだ。


「全然大丈夫、ぴんぴんしてるだろ」

ラトの手をとって立たせてやって、そのまま手をつないでイズマは歩き出した。


白木の胸像は袖口から服にしまった。ラトは泣いていたから、イズマが何かを拾った事には気付いていないようだった。


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