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113.伯父の存在

「あのさぁ、この順番で生まれたのは俺のせいじゃないんだけど」

「違うわ、あんた、実際にそういう生まれなの! なに、実力で決まったものじゃないからって不服なの? それって甘えてるのよ!」


「えぇ? 俺がいつそんなことを。甘えとか何それ」

っていうか、何泣いてるのかわかんないんだけど。と、イズマは呟いた。

「・・・ひょっとして、ラトも飲んでる・・・?」

そういうと、ラトに顔を上げてキッと睨まれた。良く分からなくなってイズマは頭をかいた。


ラトは自分が跡を継ぐ事を願っているのかもしれない。

なんでだろう、と、尋ねかけて、答えが先に出されている事に気付く。

クユンが領主になるような場合、ラトも排除される危険があると、ラトは考えている。確かに、女子とはいえ、ラトの方がクユンより先に生まれた。ラトは後継者として三番目だと思われるが、イズマがもし脱落した場合、いきなり一番目とされる可能性も間違いなくある。


それら可能性に敏感なのは・・・。

クユンは問題ではない。第一夫人の存在が、確かに自分とラトに何らかの脅威を与えている。


イズマはため息をついた。

伯父の身に起きた事を思って。

確たる証拠は無い事だけれど。起こった可能性の高い ― それは秘密の出来事。


ラトが泣いてしまったので、困ったイズマはラトの手を引いて、一緒に塔に向かう事にした。


ラトが泣いているのは、塔に行く自分を責めているのかもしれない。とは感じたが、現場に行きたい気持ちに素直に従いたい。


手を引かれて、まだ涙をぬぐいながらもラトがついてくる。


困った妹だなぁ。と、イズマは可愛く思った。

本当に、自分は領主にならなくても良いと思っていると言えば・・・また怒って泣くのだろうか。

イズマは、必死で勉強し親の期待に応えようとするクユンや、領主の座にも憧れているくせに、第二子で女だからと諦め、イズマを立てようと努めるラト、どちらでも、好きなほうが領主になればいいと思っているのに。


それとも、それは『初めから与えられている者』だからこその考えなのだろうか?

実際、次期領主の座を取り上げられたらどうだろう・・・とイズマは想像してみたが、正直全く痛くなかった。

むしろ一生懸命辞退の意思を表明しつづけているというのに、どうして未だに自分の手元にその権利があるのかがさっぱり分からない。


まぁ、自分の手にある方が逆に争いが無いのかもしれない。

ラトに権利がいった場合、クユンや第一夫人は黙っていないだろうし。

クユンに権利がいった場合、ラトと第三夫人が怯えるのかもしれない。ラトがイズマ寄りなのは、クユン・・・というか、第一夫人を怖がっているからだし。


・・・母上は?

ふとイズマは気がついた。母の思いはどうなのだろう。

不要なら捨ててしまいなさいと言い聞かせてきた母。だが実際、イズマからその権利が無くなれば・・・?


「・・・あ」

思わずイズマは声をぽろりと落とした。


元々伯父の婚約者だった母。いつも第一夫人に気を遣って。立場でなく愛情を寄せられて迎えられた第三夫人には強い引け目を感じている。


自分に、権利が未だにあるのは、父の愛情表現の一つなのだろうか? 肩身の狭い母に対しての。


イズマは歩を進める。


母の本来の婚約者であった人。自分の父になったかもしれない人。父ソラを従え、本来、このパンデフラデの領主を継ぐ予定だった人。

伯父上、もしあなたが・・・。もしあなたが健やかに日常を送っておられたら・・・。

俺たち母子は どんな風だったんだろう


一声落としたイズマに、手を引かれたラトがふと顔を上げてイズマの様子を見ようとしたのには気付いたが、イズマはそれには気に留めず歩き続けた。


もし、伯父が無事に育ち、もし、母が初めから決めてあったように伯父と結婚して、誰に引け目を感じることなく、パンデフラデ領主の堂々たる妻として、自分も、その環境で生まれていたら。

もっと・・・喜んで輝いて、生きていたのか。


歩を進め、湿った中に焦げた臭いが漂ってきた時、イズマはラトの先ほどの発言に正しい部分があることに気が付いた。


確かに自分は、どこか諦めたところの幸せを掴もうとして過ごしてきた可能性がある。

木工職人になりたいと願うのは本当だと思いたいけれど、それは一つの保身の態度だとも分かっている。

自分はその気がないとアピールすることで、有形無形の刃が自分に向くことを避けている。


自分は本当なら領主になってみたいのだろうか?


だけどもうそんな風には思えない。 

無難な生活で自分を満足させる方が、賢い生き方だと思ったのだ。


母の言う通り、命より尊いものは無い。領主の座など、それほど価値のあるものとは思えない。

身近に具体例がある。だから余計にそう思わせるのだ。


イズマは目の前に現れた、黒く焼け崩れた建物の残骸を見つめた。


空になった塔。伯父の姿は既に無い。


イズマの手がぎゅっと握られた。ラトだ。

チラと様子を見やって、イズマは気がついた。


伯父は、ただ自分や母に影響を与えているだけではない。ラトにとっても同じだ。

伯父は、権力争いの敗者の象徴のように、そして象徴というには酷く身近に、生々しく存在している。


ひょっとして。とイズマは思った。


クユンすら、その痛みを感じているかもしれない。

あいつはあいつで良いヤツだから。

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