112.病と呪い
はっはっ、と、早朝の突然のダッシュで息を乱した様子のラトに、イズマは不思議そうに声をかけた。
「あのさー、ラト。俺を止めるなら、ラトもだよ。俺は良いけど、ラトは止めとけば? 女の子だし看板女優だし」
ラトは息を整えようとしながら、キッとイズマを下からにらんだ。イズマは人並みに男性身長で、ラトも人並みに女性身長だ。
「私はほどほどのラインでセーブできるわよ! でもイズマは、入り込み過ぎそう! 放って置くと危険だわ!」
「心配されるほどのことでも」
「よく言うわよ」
二人ともがこの会話で気付いていた。
存在する、秘密。お互い、その秘密を、薄々にしろ知っている。
「大丈夫だって。何かあってもクユンがいるから」
酒の臭いを漂わせながらどこか幸せそうにイズマは微笑んで見せた。
しかし、それを受けたラトは、むっとした表情で不機嫌に黙った。
少し待ったがラトが何も言いそうに無いので、イズマが歩き出そうとした。その時に、ラトは言った。
「冗談じゃないわ」
軽くにらんで、ラトは続けた。
「とにかく、一緒にいくから連れていきなさいよ」
「まぁ、じゃあ、行こっか。風邪引かないようにね、ラトは」
「・・・ひょっとして歩いていくのかしら」
「近くだし。酔い覚ましにも良いし」
風車の塔、二人の伯父が発病のため隔離され続けた塔は、領主の敷地の端にあるが、歩いて20分ほどの場所にある。
しばらく口を閉じて歩く。
と、ラトがぽそっと口にする。分かっていても、確認したくなるのだろう。
「どうして、見に行くの? ・・・危険な場所に近寄らなくっても良いのに・・・」
「えー。雷で崩れた建物なんて、滅多に見れないよ。作品の参考になるかも。ラトの舞台にだって、使えるよ」
ラトは黙った。本当にそれだけだろうかと思っている様子だ。
イズマはその様子をチラッと見やったが、あまり気にしない様子で歩を進める。
ラトは見上げた。
聞いても大丈夫なはずだ・・・イズマも、その可能性に気付いているはず。むしろ、その立場上、イズマたち母子の方が、より可能性に気付いていたはず。
「ねぇイズマ。自分が一番、同じ病にかかる可能性が高いって、分かってるわよね?」
すでに人気の少ない場所を歩いていて、イズマは答えた。答えたのは、ラトも同じ立場の身内だからだろう。
「それ、『病』って思って言ってる? ま、『病』のくせに血筋と立場を選ぶヤツだよね」
「・・・。ねぇ・・・病気なら・・・イズマや私がうつりやすいかもっていうのは本当よ・・・。体質が似てる可能性あるもの」
「そうかもね。でもまぁ、伯父上が発症したのは本当に5・6歳だっけー? まだ小さかった。でも俺たちもう20歳も超えた大人だし、そうそううつるとは思えないけどね」
「・・・でも・・・イズマなんて特に・・・対象になっちゃうかもしれないじゃない」
ちょっと口に出しにくく、ラトは曖昧に表現したが、イズマには伏せた部分も分かったようだ。
それはつまり、イズマもその方面も可能性として考えた事があるということ。
「跡取りにかけた呪い」
イズマは苦笑しながら、ラトが明言しなかった表現を口にした。
「呪いって、ちょっと信じられないけどなぁ。気持ちは悪いけど。効いてないし」
イズマの発言にラトは眉をしかめた。
「嫌ねぇ、『効いてない』とか」
「俺、きっと人畜無害だからその分強運なんだ。無事に生きてるし。呪いなんてね。よりもっと即物的な手段、の方が、色々あるのは確かみたいだよね」
「・・・」
「あ、ごめん、生々しかった?」
ラトが無言になって歩くので、イズマも放っておいて歩くことにした。
とはいえ、少し口が軽くなっていたか。やはりまだ残る酒の影響かもしれない。
と、ラトの足が止まった。うつむいている。
「ラト。嫌なら良いよ、俺一人で行くから」
イズマが軽く声をかけると、ラトの肩が震え出した。
あれ? とイズマが不思議に見つめなおすと、ラトはうつむいたままで声を抑えて叫んだ。
「私は、嫌! イズマの方が良い! それに、イズマが、居なくなったら・・・次は私よ! 私が消されるのよ!」
イズマはぎょっとした。
とっさにどうしたらいいのか判断がつかない。
「え・・・と、あの、ラト? ・・・ラト、ちゃん?」
ラトは涙声で攻撃してきた。
「なんで、イズマはふらふらしてるのよ! 自分から危ないトコに行こうとするの! もっとちゃんとしなさいよ!」
「え・・・ちゃんとしてるけどね?」
「してないわよ! 何なの、弱腰で! そのくせお父様に一番近いじゃないの! 私が先に生まれてて、私が男だったら、もっと堂々としてるわ! 自分がお父様の跡を継ぐって宣言する! イズマはその場所にいるのに、何!? 手元にあるものをないがしろにしてるのよ! 皆それに憧れてるのに!」
「・・・ラトが領主になりたいなら、ラトが名乗れば良いじゃないか。俺にいうのは筋違い」
「違うわよ! あんたがもう居るじゃないの! 私は二人目で、女なの! 三番目になるの!」




