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111.イズマとラト

こちらは、パンデフラデの領主の館。


「あら。どこ行くの、イズマ」

パンデフラデ領主ソラの一人目の息子、イズマは、しとやかな声に呼びかけられた。来た道を振り仰いで、声の主を認め、ふわふわとした笑みを浮かべた。

「おはよ、ラト」


ラトは、自分のすぐ下の妹だ。妹とはいえ、2ヶ月しか離れていない。同い年に生まれている。


パンデフラデ領主 ソラには3人の妻がいる。それぞれ、子が一人ずつ。


第一夫人は、ソラにとって、幼いころから決められていた許婚だ。

イズマやラトが産まれた次の年に、二番目の息子となるクユンを産んだ。

正統な後継者はあなただと、第一夫人はクユンを育てた。

その影響は多大だ。クユンは領主になりたがり、最も勤勉だ。

ただ早く生まれたというだけのイズマを明らかにライバル視する。そしてイズマの能天気さっぷりを小馬鹿にしていたりもする。


第二夫人が、イズマの母。

もともとは、ソラではなく、その兄のプラムの婚約者だった。だがプラムが発病。プラムの回復を長く待った結果、他の家に嫁ぐのも難しい状態となった。

パンデフラデ領主の座をソラに移すと決まった時に、ソラの第二夫人としてパンデフラデに迎える事も決められた。

イズマの母は第一夫人に気を遣う。

だからイズマに言う。

穏やかに、競おうとせず、柔軟に生きなさい。

無事に平和に生きるのが一番です。不要なら、あなたが価値を感じないものならば・・・他の人がいくら価値を感じていようが、それは捨ててしまって構わないのです。

だから、イズマはこんな風に生きている。


第三夫人が、ラトの母。

パンデフラデに観光と巡業をかねて来た女優だった。ソラが熱烈に求婚してパンデフラデ領主第三夫人となった。

基本的に一夫一婦制の地域だが、すでに二人の夫人がいたために、ソラは三人目も比較的悩まずに迎えたようだ。そもそも、パンデフラデ領主は、裕福さゆえか一夫多妻の代も多い。

結婚後、パンデフラデ名物とするべく、第三夫人は劇団を創った。

第三夫人自身は今はもうあまり舞台には立たないが、立つ演目の時もある。

美貌を引き継いだ娘、ラトが、しばしば主役をつとめる。

所属団員は多く、例えば教会のおっとりコテッツアもその一人だ。

なお、イズマはこの劇団で道具を作らせて貰う。

だから、イズマは少しラトに頭が上がらない。第三夫人の劇団は、ラトの劇団でもあるのだから。


さて、ラトはイズマが先ほど通り過ぎた道の上、二階の渡り廊下にいて、廊下の手すりに両腕をのせ、その両腕の上にアゴをのせていた。

その姿は美しい。大きな瞳でイズマを見下ろしている。


ラトが少し首を傾げながら尋ねた。

「おはよう・・・というより、徹夜かしらね、イズマは。どこへ行くつもり? 酔っ払いさん」


イズマはラトに答えた。

「伯父上のいる塔に行くんだ」


ラトはきょとんとした。

「伯父上? ・・・風車の塔に? どうして? イズマ、あなたは・・・特に・・・行かない方が、良いと、思うわよ・・・?」

ラトの語尾は弱くなった。言葉に出すのをためらったからだ。


「昨日さ、カミナリ落ちたの、ラト知ってる? ドカーン、てさ。派手に落ちたの、聞いた?」

「いえ・・・知らないわ。いつ落ちたの?」


「夜中だよ。ラトはもう寝てたか。すごい音ですげーキレイに光った。さっき、父上に急ぎの報告が来た。伯父上の塔に落ちたんだ、カミナリ。黒く焦げて壊れて崩れてるってさ」

二階の渡り廊下の手すりに腕を乗せアゴを乗せもたれ掛かっていたラトは、ビクっと上体を起こした。

目を見開いて、それでも口にした。

「・・・死んだ・・・いえ、亡くなった、の・・・あの・・・あの人、は」


「分からない。でも、多分教会が連れ去ったって。馬車のわだちが残ってたってさ。教会にはまだ探りを入れてない状態で、父上に報告が来てる」


「どうやって知ったの、イズマ?」

「父上の執務室で寝てたからねー」

イズマは笑った。


と、ラトが憤慨した。

「お父様と酒宴開いたのね!? ずるいわ、イズマ! クユンだって怒るわよ!?」


「なんでずるいとか言う? ひどいな。飲みたかったら、行けば良いじゃん」

「だって・・・!」

ラトは子どものように口をすぼめてつぐんだ。

多忙な父は、優しいが、同時に近寄りがたい存在でもある。気軽にほいほいと、用事もなしに執務室になど踏み込めるものか。


「じゃ、行ってくる~」

イズマは大きくラトに向かって手を振り、自分の道へと振り戻った。


「ま・・・待って! 待ちなさい、イズマ!!」

ラトの声が上から追ってきた。

「イズマは、行かない方が、良いっていうのに・・・!!!」


答えるのが面倒くさくて、イズマはちょっと笑って振り向いて、『バイバイ』と軽く手のひらをヒラヒラ動かすのみにした。歩みはとめない。


「バ・・・!! ちょっと待ちなさい!! 待って・・・!! 待ちなさいよ、私も行くから!!」


ラトの慌てる声に、イズマは少し怪訝に振り返る。

その様子を見て、ラトはばっと二階廊下を駆け右の建物に姿を消す。こちらに駆け下りてくる様子だ。


少し奥にある扉がガチっと開錠された上で開き、黒いショールを肩にかけなおしてラトが現れ、駆けて来た。

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