110.教会のバタバタ
「アルパッサ、大丈夫だ、病気はすぐうつるものじゃない」
「え? 何を根拠に」
「この長い年月の間、プラム様以外に発症例がないのだからね。一日二日の接触でうつるとは思えないよ」
「アゼリアー! 居るー!? アゼリアー!! ミト様をお呼びして来て、大至急っ!!」
「えっ・・・私がお呼びしてきます!」
「いーからアルパッサはこっちで良いから。今ここに仕事があるだろう? 大人の判断を見ておきなさい」
バタバタとした中、リックデンがマーゼに労わりの声をかける。
「マーゼおばあちゃん大丈夫か? 途中で落ちただろ? ごめんな、どんな具合だ、マーゼおばあちゃん」
傍で腰に手をあてていた世話人も声をかける。
「マーゼさん、どう? 医者に診てもらった方が良いかもしれないかなぁ。医者、呼ぶ? 一旦マーゼさん家にお送りするか・・・」
「あぁ・・・ごめんなさいね・・・。大丈夫だけど、もう少しここで休ませて・・・」
「そーいやコテッツアも気分悪い状態だしな、誰か呼んでこよう。プラム様・・・も、医者に診てもらった方がいいのじゃないか? 今、改めて」
口を閉じていたコテッツアも少し回復したらしく、口を挟んだ。
「・・・プラム様はミト様にお伺いしましょ・・・。どのお医者さまに見せるのがいいのか難しい・・・。完全に信頼できるお医者さま・・・そしてプラム様を見ると返事をくれる人・・・選ばないと・・・」
「そうか。とにかくミト様待ちか」
「待て、プラム様・・・プラム様なんだよな。明らかに怪我をしているよ。血の匂いがしてる。馬車の天蓋突き破った状態で突っ込んでるから怪我してない方がおかしいよ。とにかく、馬車から降ろして差し上げようじゃないか」
「おい、皆、衛生用の頭巾とマスクをしよう。手袋も。念のためだ。それに、本当に、避難したい者は外に出た方が良いぞ」
「そうね」
「アルパッサ、聖水持ってる?」
とはコテッツアだ。
「え、はい・・・今は、3本」
道を歩いていて、不意に求められることも多いため、司祭ミトと、司祭見習いのアルパッサは、基本的に細長い携帯タイプのビン数本に、聖水を入れて持ち歩いている。
「ちょうだい」
「あ、桶に水汲もうか。ベルガッティオ」
「あー、いくつ・・・とりあえず、3つ、てところかな」
「だね。コテッツア、聖水、こっちに使うんだろう?」
「うん。あ、あと、リックデンも、先に、手を洗った方が安心かも・・・一応」
「今洗っても同じような気がするけどな。まー、洗っとくか!」
世話人が馬用の桶にたっぷり水を汲み、まだ動くほど元気が出ない様子のコテッツアがアルパッサに、その桶を『聖水化』するように指示をする。
聖水と言うのは、大量の水に聖水一滴垂らすだけで、垂らした全てを聖水と同じにできる―と言われる便利さを持っている。
なお、流れた状態にある水や自然の状態のもの―例えば川や湖―に垂らしても無効である。あくまで器に入った水に対しての効果だ。ついでに余談だが、『聖水化』できるのは、教会が作った原液のみとされる。
アルパッサが指示を受けて、聖水の一本を開封し、ビンから一滴ずつ、桶に垂らす。
話を聞き、リックデンがプラム様を馬車に運んだのだと知ったので、リックデンを呼び、向かい、その差し出された両手に残った分を注ぐ。
昔、コテッツアが言った。
こういうのは、気休めかもしれない。でも、心に、働きかけているのだと思う、と。
アルパッサは思う。もしそうなら、願いをかけているのだと。
関わる人が、病気になりませんように。
そして。
願わくば、プラム様にも何かの助けとなりますように。何かの助けになれますように。
***
皆で頭髪を覆い、鼻と口も白い布で覆った。二人は辞退し、この場を離れた。だが、館内の他の皆に状況を伝え回る形で協力する。
部屋に残り、動ける皆で、ゆっくりとプラム様に向かう。
一人が言った。
「プラム様。俺たちは、教会の者です。馬車で教会に来ていただきましたが、手荒になってすみません。おけがをしておられる様子、手当をさせてください。馬車からまず出して差し上げたい」
リックデンが言った。
「どうも、言葉が分からなさそうなんだよな」
「・・・。40年を、一人か・・・」
オ・・・ゥ・・・オ・・・オ
「プラム様・・・司祭見習いのアルパッサと申します」
「おい? さっき、司祭代理になったとか口走ってなかったか? アルパッサは。やっぱり見習いだったのか?」
「いえ・・・私に司祭代理とか百年早いです。見習いで充分です」
現状、プラム様が教会に来た以上、ミト師が塔に行ってしまう案は無くなったのだ。ミト師は今日も明日も変わらず教会にいるのだから、アルパッサが司祭代理など名乗る必要が無い。
それに、自分のふがいなさが、十分身に染みた。
判断力、決断力、行動力・・・どれを取っても全て自分は、この館の大人たちに全く足りていない。司祭代理などとんでもない。身の程知らずだ。
あぁ、早く大人になりたい、と、アルパッサは心の内、密やかに思った。
「ははは、百年は無いな、まぁ、十数年ってところかな」
「イヒヒヒ、妥当だな、イヒヒヒヒ」
「・・・うるさいです、リックデン!」
「ヒー 俺だけ怒んなよ、アルパッサ!」
「リックデンの言い方が、うるさいんですよ!」
「二人ともうるさいよ」
「実はとっても仲良しだからなぁ、リックデンとアルパッサは」
「ちょっと、お二人! ひどい誤解です!」
「イヒヒヒヒヒヒ!!!」
ワイワイいいながら、そうして、可能な範囲で馬車を解体しながら、ゆっくりとプラム様を皆で馬車から出す。
プラム様が呻き声をあげながら、ようやく馬車から降りて自由になった時、ミト師が二階の扉から姿を現した。
「おぁ」
ミト師は、皆の動いている様子を目にしたようで、まずそう声を上げた。
それに気付いた皆が二階の扉からつながるちょっとしたバルコニーを、現れたミト師を振り仰ぐ。
ミト師は、すでに様子を聞いていたのだろう。あっさりと、そして、はにかんだように嬉しそうな笑みを浮かべて、こう言った。
「いや~・・・すまんの」
聞いた瞬間、皆の肩から力が抜けた。
「ミト様、我々にも隠そうとしたのはあまり許せません」
世話人の一人が、ミト師に文句を言う。頭髪を白い布で覆い、かつ、目の部分のみ出して、顔も白い布で覆っている。
「うーん、すまんのー・・・」
不満を垂れられながら、ミト師はどこかのほほんとしていた。




