106.花の都パンデフラデの教会の者たち
足元がゴツゴツしている。なんだか、周りがスゥスゥとする。
“オ・・・”
なんだろう。空気が、冷たい。
“オ・・・ゥ・・・”
自分は、今、新しい場所に来たのに違いない。
自分をここに連れて来てくれた、腕先の無い人はどこだろう。
“オ・・・ウ・・・”
ここは どこだろう。
***
「えっ、何あれ!?」
馬車の、正面の窓から様子を見ていたコテッツアが小さく叫ぶ。
「何だ俺にも見せろ!」
リックデンがコテッツアを押しのける形で、窓の景色を見る。
「何だありゃ! 人かよ!?」
「おばぁちゃん!?」
コテッツアが御者台の祖母に声かける。
祖母マーゼが答えた。
「あそこは、風車の塔の場所よ! 昨日の夜、すごい落雷があったの!! 塔に落ちてたんだわ!」
マーゼが手綱を握る馬車が向かう先に、黒く崩れ落ちた建物がみえる。
その中に、異様に大きな姿をしたものが立っている。ゆっくりと動いていて、生きていると分かる。
「マーゼおばあちゃん、じゃあ、あれ、あそこに突っ立ってるのが、プラム様って事か!? なんであんなに黒い・・・! 雷に打たれちまったのか・・・!!」
「・・・大きい・・・私、怖い・・・」
窓から身を引いたコテッツアをリックデンは振り返る。
「・・・」
リックデンも無言になる。
また正面の窓の外を見る。
確かに異様だ、と、リックデンも思った。あの大きさ。あの黒さ。それに。
「なんで、雷に打たれたってのに、生きてるんだ・・・?」
バケモノ、という言葉がリックデンの脳裏に浮かぶ。
「コテッツア、リックデン! 早く、お連れして!」
マーゼが、壊れた風車の塔の正面に馬車をつけて、二人に指示した。
「えっ・・・おばあちゃん、本当に・・・?」
「マーゼおばあちゃん、でも、病気だって、うつるかもしれねーんだろ・・・?」
「コテッツア、リックデン! 昨日、ミト様にも頼まれたじゃないの! プラム様を助ける手伝いをして欲しいって!」
「病気は!? うつるかもしれねーだろ!?」
悪魔の病気。
「あなたたちが行かないなら、私が行くわ、ええ、その方が良いでしょう。コテッツア、リックデン、じゃあ、あなたたちは御者台に来なさい!」
「ええっ、おばあちゃん、おばあちゃん、行くの!?」
「マーゼおばあちゃん、プラム様のことは、放っておこう。ソラ様がなんとかしてくださるって!」
「情けない! 全く、なんて情けない子たち!! 昨日の姿勢はどこへ行ったのかしら、嘆かわしい!! えぇ、私が行きますとも!」
「・・・おばあちゃんが行くなら、私が行く・・・」
「マジかコテッチャ・・!!」
慌てたリックデンがコテッツアの名前を発音しそこねた。
なお、普段はそういう事にムカっと来てしまうコテッツアだが、目の前の事態にそんな事はどうでも良い。
「おばあちゃんが行くなら、私、行く・・・!」
「マジでかー!! マジかよー!! うぁー、嫌だー!! 俺は嫌だー!!」
「リックデン、御者台に行って。私とおばあちゃんでプラム様を馬車に乗せる」
「あほか! マーゼおばあちゃんとコテッツアに行かせて俺は待ってましたなんて、かっこ悪くてやってられるか!」
名前のミスは意に介さなかったコテッツアだが、この発言にはイラっと来た。男って、本当に下らない見栄っ張り!!
御者台のマーゼにも聞こえたらしい。
「リックデン! 嫌ならやらないで! コテッツア、良いのね、行きますよ!?」
マーゼは御者台から降り、コテッツアも馬車から降りる。
「あー俺は嫌だー!!」
リックデンは、馬車を降りたがそのままコテッツアとマーゼの後をついてくる。
「嫌なら来ないで!!」
コテッツアが叱るようにきつく言う。
「うるさい! あー、うるさいんだよ!」
「うるさいのはそっち! 御者台で待っててよ!」
「うっさいな、マーゼおばあちゃんとコテッツアに、連れてこれるわけないだろ、あの巨体を!」
「失礼な口を利かないの、リックデン!」
マーゼも叱る。
ォ・・・
壊れたがれきの中、黒い巨体が三人に体を向けた。
プゥンと、酷く酸っぱい、そして、臭く濃い、色んなモノが混じり合った匂いが漂ってきた。
「う・・・」
匂いにコテッツアが足を止めてしまう。
「俺が運ぶよ! ちくしょう!! コテッツアは瓦礫寄せて道作ってくれ、マーゼおばあちゃんは御者台に戻っててくれ、馬が驚くから!!」
「え・・・」
「ありがとう、リックデン! 助かるわ! コテッツア、リックデンの言う通りよ! 邪魔そうな瓦礫をよけてあげて!!」
マーゼが応えた。
ちくしょうとブツブツ言いながら、リックデンがじりじりと黒い巨体との間を詰める。
***
御者台に狭そうに三人も乗った馬車、勝手に飛び出していった馬車が、ガラゴロ音を立てて戻ってきた。
「何してるんだ、あの人たちはっ!」
パンデフラデの司祭代理―昨日までは司祭見習いだったが―である、アルパッサは、非難の声を上げていた。
動かされているのは、司祭の使う大型の馬車。
しかし、誰も使用許可を出してなどいない。それが、何故か早朝、勝手に動かされた。
出て行く音に驚いた世話人の一人が馬車の無断使用に気付き、アルパッサにも連絡が回ってきた。
急ぎ集まったアルパッサと、馬車管理担当の世話人たちは、勝手に出て行った馬車の後を追うべく、他の馬車の準備を整えようと動き・・・いざ追跡! となる今、戻ってくる馬車の姿が見えたのである。
近づくにつれ、御者台には、リックデン、コテッツアに加え、なぜか司書マーゼが乗っているのがわかった。
「何やってんだ、リックデンたち・・・?」
「なんでマーゼさんが乗ってるんだ?」
「ていうか馬車、なんかおかしくない? 屋根、壊れてない・・・?」
世話人たちがザワザワと声を上げ出す一方で、アルパッサは何だか嫌な予感がした。




