105.帰館
「もし、僕が・・・あなたが望むような事、世界を助けるなんてこと、できなかったら・・・あなたは僕をどうしますか」
ケルベディウロスは複眼それぞれを細めた。
観察しているようにも、面白がっているようにもとれた。
ケルベディウロスはそのまま少しアトをジィと見つめ、背中の二本の触手をばらばらと複数に戻しながら、
『何を恐れる事がある』
と言った。
恐れる・・・?
と、アトは内心首をかしげた。
『お前にはそれができる』
「でも、そんな事は、分かりません」
アトは言った。ムキになったかもしれなかった。
ケルベディウロスは背中の触手をゆらゆらと揺らしながら、少しからかうような声色で言った。
『お前たちは・・・出来ないかもしれないと、恐れる必要など無い』
アトはまっすぐそんなケルベディウロスの姿を見る。
『恐れは無用だ、サリシュの息子。出来る、出来ないが気になるのか? それとも、お前が、行う事を選ばないかもしれない可能性を恐れるのか? 何のために恐れる』
「・・・」
アトは言葉にできなかった。
細く分かれた触手の一本がまたアトの肩をポンポンと軽く叩いた。
『さぁ、もう休みに戻れ。お前たちは、十分な休息が必要な子どもなのだから』
え・・・。
ケルベディウロスに子どもへの労わりを示されてアトは戸惑った。
だが、同時に聞こえてくる父や母の声に、アトも帰った方が良いように思えた。心配しているのが伝わってくる。
帰ろう。
「キミも・・・帰ろう」
アトは、隣に立つ黒いプラムを見上げた。この大きな友人も、また、自分と同じ大陸の、パンデフラデという土地の領主の家の者に違いないのだから。
***
花の都パンデフラデ。
司祭の館で働く一人、おっとり女性のコテッツァが、祖母マーゼにたたき起こされた。
「えぇっ・・・何なのー? おばあちゃん・・・」
そうでなくても昨晩は寝つきが悪く朝にようやく寝入れたところだったのに・・・。
時計をふと見るとまだ5時半。あと1時間は寝れる時刻だ。
祖母マーゼは、まだベッドの中のぼんやりコテッツァに詰め寄った。
「コテッツァ、起きて! コテッツァ、おばあちゃんのこと、好き? 愛してる?」
「えぇ・・・? うん、好きよ、愛してるよ・・・。どうしたの・・・?」
「おばあちゃんもよ。可愛いコテッツア。お願いがあるの。おばあちゃんを、手伝って」
「えぇ・・・うん・・・。・・・・・・今?」
「そう、今すぐ!」
「えぇー・・・。急だなぁ・・・」
不満を口にしながらも、コテッツァはノソノソっと身を起こす。
幼いころからずっと自分を可愛がってくれる、大好きな祖母の頼みだ。寝不足極まりない状態とはいえ、頼まれたのなら手助けしたい。
「あのね、コテッツァ。昨日、夢に、あなたのひぃおばあちゃんが出てきたの」
「・・・ふーん?」
「こういうのよ。『急ぎなさい、誰にも見つからず、一刻も早く、プラム様をお迎えに上がってちょうだい』」
「・・・プラム様って・・・。えー、なに、予知夢なの?」
「良いから! とにかく急いでちょうだい! 私は馬車を用意するから、コテッツァはリックデンを起こしに行ってきて! 」
「えぇー? なんでリックデン~?」
リックデンも司祭の館で働いている。が、彼は司祭の館ではなく、すぐ近くの自宅で寝泊りしているのでわざわざ出迎えにいく必要がある。
ちなみにコテッツァは司祭の館に住み込んでいるが、祖母マーゼは少し離れた自宅で寝泊りしている。
つまり祖母マーゼは、コテッツァをたたき起こしに、わざわざこの早朝に司祭の館を訪れたのだ。
なお、司祭の館の図書室の司書を仕事にしている祖母マーゼは、この館の入り口の鍵などと一緒に、コテッツアの部屋の鍵も持ち合わせている。
「もぅ、コテッツァ! 早くお願い! 頼むから、絶対よ!」
「うーん・・・おばあちゃんがそう言うなら・・・」
事情がよく分からないながら、コテッツァは彼女なりに急ぎ出す。
***
まるで魔法のように、息子の姿が青白い光の中から現れた。
「アトロス!」
イシュデン領主 イングスの体から、安堵でほっと力が抜ける。腕を広げて出迎える。
何より、無事でよかった。
隣の妻と目を交わす。
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青白く光を放つ祭壇から、自分に語り続ける声がある。
サリシュは、帰ってきた息子と、それを迎える夫の姿に、安堵の息を吐いた。
そして、祭壇に向かって返事をした。
「ケルベ。アトが、戻ってきたわ。・・・ありがとう。ひとまずお礼を言っておくわ」
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アトは両親に出迎えられた。父が自分を抱きしめるので、戻ってきたと実感がわいた。
「あ、そうだ、父上・・・」
抱きしめられながら、アトは、自分と一緒に来た黒いプラムを紹介しようとする。
「ん、どうした?」
父が腕の力を弱めたので、アトは後ろを振り返ろうとした。
「向こうで、会ったんです。パンデフラデ=トータロス=プラムさんです」
「・・・パンデフラデ・・・?」
「はい・・・」
アトは部屋を見回した。が、一緒に来たはずの、あの黒い大きな姿が見えない。
「あれ・・・?」
一緒に白い出入り口を通ったのに。どこにもいない。




