7話 私たちの城が必要ですわ!
「部活を作りますわ。ゲーム部を」
かじりかけのパンを口へ運ぶ途中で、ぼくの手は止まった。
——作る?
——部活を?
——ゲーム部を……?
言葉はひとつずつ理解できるのに、文として頭に入ってこない。
……部活ってそもそも、作れるものなのか? ウチって公立高校だよな……?
「確か弓道部に入っていましたよね?」
「もちろん続けますわ。兼部ですの」
兼部って……日野さんって弓道部のエースとか言ってたような気がしたんだけど。
「一応確認なんですが、どうしてゲーム部なんですか……」
「考えてもごらんなさい。教室は騒がしくて、せっかくの物語にじっくり浸れませんの。それに、昼休みのたびにあなたの席を占領するのも、いつまでも許されることではございませんでしょう」
「いや、まぁ。そもそも学校はゲームする場所じゃないですし……」
「でしたら尚のこと、場所が必要ですわね!」
話がかみ合っているようで、どこも噛み合っていない。日野さんは携帯機の画面に視線を落とし、書庫の奥へ進んでいく令嬢の背中を指先でそっとなぞった。
「この令嬢の物語を、こんな騒がしい教室の片隅で見届けるわけにはまいりませんわ。主君を迎える城には、相応の玉座が要りますもの」
「玉座……」
「ええ。ですから手に入れますの。わたくしたちの城を」
「わたくし、たち?」
聞き返したぼくに、日野さんは不思議そうに小首を傾げる。
「当たり前でしょう。あなたも部員ですわよ」
「やっぱり僕も何ですね?」
……まぁ、薄々そんな気はしてたけど。逆にここまで言われて一人でやりますなんて言われた日には涙を流していた自信まである。
「フフッ、決定ですわね!」
そんな僕の顔を見て、日野さんは確信したように口元を緩めた。……そんなに僕ってわかりやすいかな。
「でも、ぼく、部活なんて入ったことなくて……」
「では記念すべき初部活ですわね。おめでとう」
「……え、はい。ありがとうございます?」
「どういたしましてと言っておきましょう。放課後、職員室へ参りますわよ。逃げないでくださいませね」
「逃げませんよ……逃げられる気もしないですし」
「あら、賢明ですこと」
日野さんはうふふと笑い、残りのサンドイッチを優雅に口へと運ぶのだった。
その後の授業は、まるで頭に入ってこない。そもそもあんな話をされて頭に入るわけがない。
……ゲーム部。……城。……日野さん。……二人の部活。……密室。ノートの端に単語を書いては消しているうちに、気づけば放課後になっていた。
「な、何を書いてるんだ僕は……」
自問自答してみるも答えなんか帰ってくるはずもなく、うっすらと見える消し跡すら恥ずかしくなりノートを破いてゴミ箱に捨てると、日野さんに呼ばれ慌てて席を立つのだった。
「失礼しますわ」
「……失礼します」
日野さんを先頭に職員室に入ると、戸を開けた瞬間に空気が明らかに変わったように思える。
机に向かっていた先生たちが示し合わせたように一斉に顔を上げ、何人かはわざわざ立ち上がって会釈までしていた。
(え、なにこの待遇。生徒を迎える態度じゃないんだけど……)
「先生、お約束の件で参りましたわ」
「ああ日野さん、話は聞いてるよ。どうぞどうぞ、顧問も決まってるからね」
担任の先生がにこにこと手招きすると、窓際の席の若い女性教師がおずおずと片手を挙げる。
顧問を引き受けてくれた先生は古賀先生というらしい。ぼくと目が合うなり、なぜか申し訳なさそうに視線をそらされた。
「月野くんはゲームがかなり得意なんだって?」
「えっ、あ、はい、その、人並みには……」
「謙遜は結構と申し上げましたわよ」
先生に話を振られただけで声が裏返るぼくを、日野さんが横から軽くたしなめる。
「先日のお話、快く引き受けてくださって助かりましたわ」
「いえいえ、こちらこそ。体育館の空調の件では、校長も大層喜んでおりまして」
「……空調?」
思わず口に出したぼくに、日野さんは涼しい顔で「些細なことですわ」と微笑んだ。
……些細なことで済む話なのか。空調って言ったよな!?
そんな僕の心のツッコミは外に出ることはなく。机の上には、すでに記入済みの申請書が広げられている。
部活名も顧問も活動場所も日野さんの流麗な字で整然と埋まっていて、部員欄にはぼくの名前まで書かれていた。……いつの間に。
「手続きは、これで完了ですわね」
担任の先生が、旧視聴覚準備室と札のついた鍵を日野さんへ恭しく差し出す。受け取る手つきがあまりに堂々としていて、どちらが先生なのか分からなくなる。
「あー、それとなんだけどね……日野さん」
担任の先生が、急に歯切れ悪く頭をかいた。
「規則で、部の設立には部員が三人以上必要なんだ。いま書いてあるのは、日野さんと月野くんの二人だけだろう?」
「あら、三人ですって……?」
日野さんの笑顔が、ほんのわずかに固まるのがわかる。
……今、明らかに空気が変わったよな……。
「……先生方のお力で、そこをなんとかなりませんの?」
「いやあ、それは生徒会が決めた規則だからねえ。ぼくらにも、どうにも」
「規則とは、変えるためにあるものですわ」
「それはさすがに、勘弁してくれないかなあ……」
助けを求めるように先生たちが顔を見合わせるが、誰も決定的な言葉を持っていないらしい。日野さんは唇をきゅっと結んだまま、申請書をじっと見下ろしていた。
「そうですか……今日のことはキッチリと記憶させて頂きますわね」
……絶対に日野さんのことは怒らせないようにしよう。僕はこの時、深く心に誓うのだった。
職員室を出てからも日野さんは申請書を抱えたまま、ひとことも発しなかった。ぼくも掛ける言葉が見つからず、黙って隣を歩く。
階段をひとつふたつと上がり、校舎の最上階に着いたところで彼女はぴたりと足を止めた。
「……城へと下見に参りますわよ」
「えっ、この状況で、ですか」
「状況など関係ございませんわ。私がイエスと言ったらイエスなのですから」
鍵を差し込んだ先は、廊下の突き当たりにある旧視聴覚準備室だった。重い扉を開けると埃っぽい空気と一緒に、斜めに差し込む夕日が部屋いっぱいに流れ込んでくる。
使われなくなった机と椅子が壁際に積み上げられ、床には薄く白い埃が積もっていた。
「……少し埃っぽいですが、悪くございませんわね」
日野さんは汚れをものともせず部屋の中央へ進み、窓を押し開ける。吹き込んだ風が金色の髪を舞い上げて、夕日に透けた毛先がきらきらと散らばった。
埃っぽい空気の中でも、ほのかな甘い匂いだけは不思議と際立って届く。
……いやいや、見とれてる場合じゃないだろ僕!
「日野さん、人数のこと、どうするんですか」
「どうもこうもありませんわ。あと一人集めればよいのでしょう?」
「簡単に言いますけど、そんなにすぐ見つかるものでも……」
「あら。わたくしを誰だとお思いですの」
振り返った日野さんは、さっきまでの沈黙が嘘のように挑むような笑みを浮かべている。
「この学園の頂点に立つ女ですわよ。人の一人や二人、手駒に――いえ、お仲間にして差し上げますわ」
「いま手駒って言いかけましたよね」
「気のせいですわ」
日野さんは堂々と胸を張り、申請書を埃まみれの机の上へぽんと置くと堂々と携帯ゲームを起動させるのだった。




