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魔物の心

会社に入って初めての休日。桃は何をするでもなく時間を持て余していた。


「どうしよう。センになってダンジョン探検でも行く?」


約ひと月前までは教壇に立っていたのに今はダンジョンに行くことを考えている。こんなことになるとは全く思っていなかった。

悩む時間も惜しいとばかりに体を変化させローブを着込む。


「いったん行ってみるか」


特に深く悩むわけでもなく、近所に散歩しに行くような感覚で近くのダンジョンへ向かう。

探索者カードをかざし、中へ入る。そこは虫系の魔物が多くいるダンジョンだった。


「虫は平気だが、ここまでサイズがあると少しきついな」


実はここは地域でも有名な不人気ダンジョンでいつも人が少ない所だったが、それを知らずどんどん奥へと進む。


「大部屋……とくに魔物はいな……っ!」


大きめの部屋へ足を踏み入れた瞬間、今まさに通ってきた通路への道がふさがる。そしていくつもの魔法陣が浮かび上がり、その全てから魔物が湧き出る。


「モンスターハウスってやつか?しょうがねえな……」


さすがにここまでの密度で敵に襲われてはひとたまりもない。一体ずつ数は減らすものの少しずつ体力を削られ怪我も増える。


「音で襲ってくる方向が分かるのが幸いだな、しかしこれはきつい」


やることは変わらない。ただ斬る、斬る、斬る。ひたすら目の前を切り裂く。


どれほど時間が経っただろう。周囲にはまだダンジョンへ吸収されていない魔物の残骸が転がっている。

肩で息をしながら、地面に突き立てた大鎌へもたれる。


「なんとか、なったか」


危なかった。ただただ疲れた。桃のままだとパニックになってすぐにやられていただろう。

ふと前を見ると宝箱が出現していた。


「は。今度は何をくれるのやら」


のろのろと近づき箱を開ける。中にあったのは黒い結晶のようなもの。よく見ると赤い光を放っている。


「なんだ、これ」


手を伸ばし結晶に触れたとたん、それは光輝き、センの体の中へ吸い込まれるように消えていく。


「いったい何が……!」


突然目の前が真っ暗になる。意識を保てず、その場に倒れこむ。

見た目は変わらないが、その時センの魂には明らかに変化が起きていた。体は順応し、まるではじめからそうであったかのように魂が変質していく。



目が覚めた。時間を見ると三時間は眠っていたようだ。

周りに落ちていた素材はすでにダンジョンへ吸収されなくなっていた。

体調は変わらない。喉が渇いたくらいか。いや、何か違和感がある。

よく、聞こえる。遠くで魔物の歩く音がする。

よく、感じる。空気が外へ向かって流れていく。

よく、見える。何か、魔力のようなものが。

感覚が鋭い。視力は変わらないのに。なにか、自分の根本的な部分に混ざったとわかる。


「……時間も遅いし、一度帰るか」


帰って調べてみよう。調べてわかるか分からないが。


自宅のPCに向かう。今日起こった現象について検索する。するとどこかの大学教授が出した論文がヒットする。


「魔物の、心?」


なんだそれは。だが書いてあることは同じだ。ダンジョンの宝箱にごくまれに入っており、触れた者に魔物の特性を与える結晶。しかし詳細なメカニズムは不明。


「魔物の特性……じゃあ俺が手に入れたのは何の魔物だ?」


古今東西の魔物をまとめた探索者協会のサイトがある。あまりにも多い。

分からない。そうだ、虫系のダンジョンだったのだから魔物の心も虫なのでは?

そう思い虫のページを見る。


「違う気がする……これも違う……あ、これ……」


ふと目に留まった。真っ黒な蜘蛛。目だけが赤く輝いているように見える。

日本国内で見つかった強力な蜘蛛系の魔物。

名前は……【禍津蜘蛛マガツグモ

巣を作らず獲物を狩る狩猟蜘蛛。見た者を威圧し、死の恐怖を与える、死の象徴という別名を持つ。

獲物を狩ることに悦びを覚え、鎌のように発達した前足で狩りを行う。


「これだ」


なぜかはわからない。

だが確信だけはあった。

俺の魂に流れ込んだのはこの魔物だ。

PCの電源を落とす。

布団へ寝転がり、自分の手を見る。この数週間で見慣れた男の手。

あの論文の内容ではデータが少なくまだ分かっていないことも多いと書いてあった。

少なくともすぐに何か起こるわけではないのだろう、多分。

とんだ災難もあったものだ。どうせ今考えても分からない。


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