目覚め
静かな病室。
清潔であたたかな色合いの部屋に心地よい風が通り抜ける。
病室の主は静かに瞼を閉じたままだ。
「……セン」
呼びかけに答える声は無い。
「あれから二日も経ったのに……本当に、大丈夫なんだよ、ね……?」
「……分からない。そもそも無垢の意思を入れられるなんて例を聞いたことが無い」
「セン、そしてモモの気力次第、と聞いたが……」
「世に出回っていない薬剤を大量に投与されているとのことでしたので……医者もはっきりとしたことを言えないそうです……」
再び静まり返る。
「あ、あたし……帰る。見ていられない」
「ミナ……」
「……俺たちも帰ろう。何より、辛気臭い顔をセンは喜ばないだろ?」
「また明日、お見舞いに来よう」
四人が部屋を出てセン一人になる。
サイドテーブルには全く手の付けられていないお見舞いの品が置かれていた。
センは未だ、目を覚まさない。
深夜。
静まり返った院内。
「……」
ゆっくりと目を開く。
少し、喉が渇いた。
目に入るのは白い天井。
一瞬身構えるが、知っているあの白い部屋ではなさそうだ。
息を吐き、寝たまま顔を動かす。
見たところ病院の個室に寝かされているようだ。
右手を上げると、点滴が刺さっている。
「助かった、のか」
掠れた声が出る。
自分の声が思ったよりも弱い。
体が重く感じる。
ぼーっと天井を見つめる。
久しぶりにゆっくりと眠れそうだ。
瞼を閉じる。
悪夢に悩まされることなく、静かに眠りにつく。
翌朝。
コンコン
「篠山さん、失礼しますね~」
看護師が入ってくる。
「……ああ。水、あるか?」
「あ、はい。お水ですね……え“?」
手慣れた様子で点滴を確認する看護師。
何気なく返した返事。
そこには2日間目を覚まさなかった患者が、体を起こし平気な顔でこちらを見ている。
「め、目を覚まされたんですね!?少々お待ちください、医者を呼んできます!」
慌てた様子で扉を出て行く看護師。
「……?あ、水……」
「……気分はどうです?体に違和感などありますか?」
「いや、特に無い」
「ふうむ、検査してみないことには詳しいことは分かりませんが……健康上特に大きな問題はなさそうですね」
目の前で医者がカルテを書き込んでいく。
「魂分化はどうでしょう、姿を変えることはできますか?」
「ああ……大丈夫そうです」
「ふむ、変身も特に問題なし、と」
一瞬だけ桃へと変わり、再びセンへ戻る。
「そうですね、検査もありますし、しばらくは様子を見ましょう。まだ薬剤の影響があるかもしれませんし……精神科の方にも行ってください」
「わかった」
一通りの診察を受けた。一旦は問題無いそうだ。
医者が帰ったあと、ベッドの上で胡坐をかき窓の外を眺める。
一時はどうなるかと思ったが。
よく分からない存在が勝手に俺の体を動かす感覚を思い出す。
手のひらを見つめ、今は間違いなく自分の意思で動いていることを確認する。
……何かが扉の外から近づいてくる。
入口の方を見るのと同時に、勢いよく音を立てて扉が開く。
「セン!」
レオ達だ。社長もいる。
「お前、目を覚ましたんだな!」
「本当に良かった……」
「よがっだ……ホントに、よがっだぁ!」
「目が覚めてよかったぁ……苦しさはありませんかぁ?」
「医者から聞いた。特に問題ないとのことだったが、大丈夫か」
「……ああ、大丈夫だ」
いかに自分達が心配していたか、いかに異常事態が起こっていたかを口々に話す。
センは普段と変わらぬ態度で聞いていく。
その様子を見て本当にセンが帰ってきたと実感し、心を撫でおろす。
センがふと顔を扉へ向ける。
コンコンコン、とノックがされ、静かに扉が開く。
「あ……」
「桃。目が覚めたのね」
優し気な顔立ちの婦人がセンに近づく。
「初めまして。桃の母です」
「え……お、かあ、様……?」
「桃のお友達かしら。お見舞いに来てくださってありがとうございます」
そう言って深々と頭を下げる。
「あ、私、株式会社アークマテリアルの代表取締役、酒井と申します。お母様」
「あら、ご丁寧にどうも。桃の母です。桃の上司の方、ですね?」
「ええ。桃さんにはいつも助かっています……」
社長と母が挨拶をしているのを見つめる。
「センのお母さん……考えたこと無かった……」
「優しそうな人ですねぇ」
センは内心気まずく思う。
そうか。俺が失踪していることは勿論家族にも連絡が行くよな。
「体調、大丈夫なの?」
「……うん」
「まだ入院は続くのかしら」
「しばらくは様子見らしい」
「そう……あまりこっちの桃は見慣れないけど、なんだか昔のお兄ちゃんみたいね」
「そうかな」
頭を、そして頬を撫でられる。
されるがままになるセン。
「元気そうで良かった。また何かあったら連絡するのよ?」
「わかってる」
「……それでは、私はこれで失礼します。皆さん、桃のこと、どうかよろしくお願いいたします」
そう言い残し、病室を出て行く。
仕事で忙しいだろうに、わざわざ来てくれたのだろう。
「……なんか、珍しいセンを見れた!」
「何というか、かわいらしいですねぇ」
「どうして親御さんはあんなにやさしいのに、センはぶっきらぼうなんだ……?」
「当たり前だけど、センも人の子だと再認識したよ」
「どういうことだ」
社長は笑いをこらえている。
思わず、はあ、とため息が出る。
「……仕事、まだあるんじゃないのか。ずっと居座るつもりか」
「いーやいや、もうすぐ出ますとも!ねぇ?」
「ま、そうだな」
心なしか皆生暖かい笑顔を向けてくる。
起きた途端、こんな思いをするとは思わなかった。
……まあ、これも。帰ってこれたからこそなんだろう。




