諦観
「先生!なんか弾いてよ!」
「え?あ、うん。ええと、じゃあこれ知ってる?」
生徒の声で我に返る。
休み時間、生徒のリクエストに応え、音楽室のピアノで知っている曲を弾いていく。
「先生すごーい!私、この曲好きなんだ!」
「そうなんだ。いい曲だよね」
少しおしゃべりをする。
時計を見ると、もう少しで次の時間だ。
「先生、じゃあね!」
「はーい、さようなら」
そして授業が始まる。
プリントを配り、説明をしていく。
「この曲の背景は……作曲者はこうで……」
真面目に板書を取る生徒がほとんどだ。しかし、まともに授業を受けず妨害行動をする生徒が現れる。
「授業受けてるのはあなただけじゃないんだから。他の皆の邪魔はしないように。はい、プリント」
改めて新しいプリントを渡す。
しかしプリントは目の前でビリビリに破られ、ぐしゃっと丸めて捨てられる。
「は?うるせーな、〇〇〇〇が」
「っ、人に向かってそんなこと言ってはだめだよ。あなたもわかってるでしょう?」
その生徒は席を立ち、そのまま教室を出て行ってしまう。
「あ、ちょっと。勝手に出ちゃ……」
慌てて呼び止めるも聞くはずがない。
職員用の連絡網へ教室から出て行ったことを伝える。
これで一旦は他の先生が何とかしてくれるはず。
「じゃ、じゃあ、続き、説明するね!」
なんとか授業を進めていく。
一日の授業をすべて終え、放課後、職員室へ帰る途中。
ぼんやりと考える。
毎日何回も暴言を聞く。
生徒に本気で怒ってはいけない。たまに、怒るふりはするけれど。
まあ、そもそも私は怒るのが下手くそだからその心配はしていない。
でもあまりきつく注意すると、他の皆が委縮して歌えなくなってしまう。
そして何よりも、このことに辟易して辛くなってしまう生徒がいる。
私のせいで、つらい目に遭う人がいる。
……私には、先生は向いてなかったんだろうな。
そう、思った瞬間。
胸の奥で何かがぷつりと切れた気がした。
いままで耐えてきた色々なものがあふれ出て止まらなくなる。
「あ、あれ?私……」
必死に袖で涙をぬぐう。
「ちょっと、篠山先生!?」
通りがかった同じ学年の先生に連れられ、誰もいない空き教室に入る。
ティッシュの箱を差し出される。
何とかして涙を止めようとするが、どうもうまくいかない。
「……篠山さん、無理しなくていいのよ?」
「い、いえ。大丈夫です」
言葉に反して、涙がとめどなく流れてくる。
「なんだか急に、涙が止まらなくなって……」
「篠山さん……ねえ、明日あなた、休みなさい?」
「え?」
「いいから。少しゆっくりしなさい。校長先生にも言っておくから。このままでは本当に壊れてしまうわ」
結局その先生に言われるままに休みを取ることになった。
けれど、家に帰ってもふとした瞬間に出る涙。
布団の上で座り、ぼーっと窓の外を見る。
気が付くと日は昇っており、一睡もできないまま朝になる。
何度目を閉じても眠れなかった。
動く気力も無い。
私なんていなくても……
なんなら、いない方がいいのかもしれない。
このまま、眠って起きなければいいのに。
……どうして生きなければいけないのだろう。
生きる理由なんて、もう分からない。
……どうしたら、生きずに済むだろう。




