閑話 ある高校の職員室
私はある高校で2年生の担任をしている。教科は数学だ。
うちのクラスには少し困ったやつらがいる。
学校はサボるし、教室に入っても寝たり騒いだり……
その中でも中心人物の金髪の少年、ハヤトは特にたちが悪い。
母子家庭で色々な事情があるのはわかるが、タバコやカツアゲなど好き放題だ。
バイト禁止の校則など知ったものではない。周りの友達と共に命の危険があるダンジョンへ行っているという話も聞く。
ある日、そんな彼が朝一に職員室へ来た。
何かあったのかと彼へ近づくと、ポケットからくしゃくしゃになった紙を出す。
「これ。出しに来た」
「これは……」
紙を広げて見る。
それは進路希望調査票だった。
何日も提出せず、催促しても知らんぷりだったのに急になぜ……
「あ、ああ。書いてきたんだな」
「……おう。じゃあ」
そう言って彼は職員室を後にする。
珍しくしおらしい様子に目を瞬かせる。
手元のしわの入った調査票に目を落とす。
『第一希望 株式会社アークマテリアル』
第二希望以降は空欄。しかし妙に具体的な第一希望に首をかしげる。
「アークマテリアル……?聞いたことないな」
チャイムが鳴り、ホームルームが始まる。
教室の後ろへ目をやると、ハヤトも他の生徒と同じく大人しく座っていた。
てっきり調査票を出した後すぐサボって帰りでもしたのかと思っていた。
出席確認を済ませ、授業の準備をする。
それにしてもハヤトの行動が気になる。一体なにがあったんだ?
「……では次の問題。解法としては先ほどの方程式と……」
3時間目。自分のクラスの授業だ。
驚くことにハヤトは教科書を開いてノートを取り、授業を真面目に受けている。
今まででは想像できなかった変化だ。
キーンコーンカーンコーン……
「……では今日はここまで。号令を」
平和に授業が終わる。礼をして教室を立ち去ろうとしたその時。
「なあ、ちょっといいか」
ハヤトが声を掛けてきた。
彼から声を掛けられるなんて、今日は本当に珍しいことが続く。
「ここ、オレ意味わかんねえ。教えてくれ」
「え、ああ。これはだな……」
しかも数学の質問まで。確かに彼はずっと授業をサボっていたから、今の単元は難しいだろう。
「……わかった」
「ああ。また分からないことがあったら来なさい」
ん、と短い返事をして席へ戻る。本当に何が起こっているんだ?
ここまで彼が変わるなんて、何が起こっているんだ……?
放課後、職員室では自然と今日一日のハヤトの動向について話題に上がる。
「あの子があんなに真面目に授業を受けるなんて……初めて見ました!」
「ああ、そうだな。ちゃんと教科書を持ってきていた。授業を理解するのは少し難しそうだったが」
「何か知ってます?ハヤトのあの変わりようについて」
「そういえば今日、進路希望調査票を持ってきていたな」
どれどれと職員達が見に集まってくる。
「株式会社アークマテリアル?聞いたことあるか?」
「あ、それ、先日学校に電話掛かってきた所かもしれません」
「電話?」
「ええ。ハヤトが会社に来ていたって。学校に向かわせました、とも」
「調べてもみても……ダンジョン素材を扱う中小企業ってくらいですかね」
結局その日はそのまま分からず終わった。
次の日、昨日と同じように朝から登校して真面目に授業を受けるハヤト。
放課後になってから、進路希望についての話があると彼を引き留め、話を聞く。
「死神のセンさんに憧れて……」
「めちゃくちゃ強いんだ!カッコよくて……」
「……でも高校はちゃんと勉強して卒業しろって言われた」
死神……?物騒な名前だな。
しかし卒業しろと話してくれたのか。案外まともなのか?
職員室に戻り、ハヤトから聞いた言葉を共有する。
「死神……?それって……ちょっと待ってください!」
話を聞いた男性職員がスマホで調べ始める。
彼は探索者の配信を見るのが趣味だと前に言っていたから、何か知っているかもしれない。
「あ、あった。これです!見てください」
「これ……選手権か。この動画がなんだ?」
「この人、この黒ローブの男が死神なんです。選手権で準優勝してました。あと……これも」
「アークマテリアルの探索者紹介?」
「ええ。この動画にも死神がいます。あの子、この人に憧れちゃったんじゃないですかねぇ」
「ふうむ、なるほど……会社で変な入れ知恵をされたとかではないよな?」
「あ、それに関しては、迷惑を掛けず高校へ行き卒業しろ、と言ってくれているみたいで」
再び動画へ注目する。
人間離れした非常識な動きで戦うセンの姿をじっと見る。
「まあなんだ、思ったより健全な理由じゃないか」
「そうですね。ハヤトも本気で将来のことを考え始めたってことですし」
結局このことについては様子見することになる。
しかしあれだけ学校が言っても変わらなかったのに、憧れの人物の言葉一つでここまで変わるとは。
なんにせよ、ハヤトは前に進みだしたんだ。
その死神とかいう方に感謝しかないな。




