第94話 命人形・形身代わり
「まったく、めんどくさいのです」
墓蒔の動きを封じてから、心殺が小さくつぶやいた。
めんどくさい。
それは殺してもなぜか死なないこともそうなのだが。
―――相手が固有魔法を知っているというのも、めんどくさい理由の一つだった。
隠しているはずであったが、やはりどうしてか情報は漏れていくものらしい。
固有魔法を知ったものから順に殺していっているというのに。
生き残りは、わずかしかいないはずなのに。
「ああっ! くそ、この鉄の塊、びくともしねえ!」
足を触手から引きはがそうとしている奮闘している墓蒔だが、そうそう簡単に逃れられるものではない。鉄の触手はしっかりと密度もある上に、地中まで伸ばしているのだ。
もし本気で逃げるつもりなら、足を切ったほうが早い。
なにかする様子もないので、心殺が少しずつ距離を詰める。
ハイヒールを履いているはずなのに、足音を立てずに。
最初に姿を見せたときと同様に、物音を立てずに。
それに気が付いたのだろう。
墓蒔が、顔を上げた。
「お、おい、姉ちゃん」
「…………うーん」
と、心殺が足を止め、首を傾げる。
「年下の男子に『姉ちゃん』と呼ばれることは一つの夢ではあったのですが―――」
「あ……ああ?」
「あなたに言われるとなんとなく腹が立つのです」
「ひでえ!!」
もう一回魔法を使い、墓蒔を殺し―――
また同じように、人形が割れただけだった。
いったい何回繰り返せばいいのかわからない。しかし、墓蒔の腰につけている人形の数が減ってはきている。補充が必要なのか、見えてないだけで数はあるのかわからないが、だとしたら殺し続ければいいだけだ。
「あれが異物、というやつなのですね」
墓蒔の周りから、別の触手を生やす。
にゅるにゅると自在に動くそれは、太さは心殺の腕ほどしかないが、高さは墓蒔の身長を大きく超えていた。
体の拘束用にも見えなくはないが。
―――先端が異常なまでに尖りすぎていることから、おそらく違う用途で使われるのだろう。
「……―――なあ、ちょっとくらい会話しようぜ」
触手の先端が、墓蒔の顔を向いた。
「ちょっと待て! いくらなんでも急すぎんだよ! バトルっつーもんは技名叫んでエフェクトつけて、拮抗してぶつかってお互いに見せ場があるのが定石で醍醐味だろうが!」
「そんなお約束はアニメや漫画で十分なのです」
「これじゃただの一方的な虐殺じゃねえか!」
「…………?」
心殺が首を傾げる。
「殺し合いとは、そういうものです」
極限まで尖った触手が、墓蒔の左目を貫いた。
眼球を破壊し視神経を破壊し大脳を破壊し頭蓋骨を破壊した触手はそのまま斜めに突き進み、頭の右後ろから出てきた。血に濡れ、髪がへばりついたそれはすこし進んだところで―――先端がくるりと向きを変えた。
今度は左後ろから、触手が頭を貫き通す。
先ほどのすべて逆に頭の中を破壊したそれは、今度は右目から出てきた。
触手から流れた血と、それから脳漿がぽたりと地面に落ちたころ。
触手から生えてきた無数の棘が、墓蒔の頭を破壊した。
寝癖だらけの髪に混じり、棘が生え。
額から頬から鼻から耳から口内から顔中から、細く鋭い棘が生える。
巨大な栗の毬のようになった墓蒔の頭は―――
次の瞬間には、元通りになっていた。
「―――痛ってえな、コンチクショウ!!」
涙目になっていた墓蒔が叫び、腰につけていた人形をひとつ引き千切ると、自らの足元にたたきつけた。
その人形の頭は、穴だらけだった。
「……これもダメ、ですか」
頭が直ったと同時に触手も消えていた。足を拘束しているものは残ったが、それ以外が消えている。
当たり前だが、心殺が消したわけではない。
「数回殺せばその分大丈夫かと思ったのですが、早すぎたようなのです。人形はひとつしか消費させることができなかったのです」
一回死ぬごとに人形ひとつ。
理屈はわからないが、どうやらそうなっているとしたら。
何回も殺せばその分人形はなくなるのではないかと思い、殺してみたのだが。
あれで一回分とみなされてしまったらしい。
あれで触手が残っていてくれれば、生き返った瞬間にまた死んでくれたのに。
と、心殺が残念そうに息を漏らす。
「とすれば、つぎは…………」
「もういいって姉ちゃん! 実力は十分にわかっただろ!」
顔を上げる心殺を見て、「姉ちゃん……じゃなくて、あんた……のほうがいいか?」と墓蒔が空笑いをする。
「な、な! これやるから、見逃してくれ、頼むよ、な?」
墓蒔の手が後ろに回される。
心殺が身構えたが、どうやら人形を引き千切っただけのようだった。
さきほどからずっと心殺の邪魔し続けてきた、あの人形を見せてくる。
「命人形・形身代わり。あんたも十分わかったと思うけど、致命傷を肩代わりしてくれるとんでもねえ異物。高難易度のダンジョンでしかとれないガチのマジで珍しい超レアもの」
「…………」
「命を無駄にしたいときにおすすめの一品、持ってたら、周りから注目の的かもよ」
「別に目立ちたくはないのです」
そんな恰好しておいて?
思わずツッコミたくなったが、そんなことしてまた死にたくない。
形身代わりがレアなのは事実なのだ。無駄な消費はできるだけ避けたい
それに。
「そうかい、なら――」
最初から、こんな大事な異物を渡すつもりはなかった。
「こういう異物はどうだ!」
形身代わりを出す途中で、こっそり仕込んでいた異物。後ろのポケットにしまっていた異物を握りしめ、振りかぶる。
形身代わりほどではないが、これもなかなか貴重なものではあるのだが、とっておいても仕方がない。
「喰らい付け! カブッとラビット!」
握っていた異物―――月の形をした球体を、地面にたたきつける。
小さな音を立てて割れたそこからは、無数の兎が飛び出してきた。
米粒ほどの大きさだった兎は急激に膨らみ、実寸大サイズまで急激に成長。
墓蒔の言う通り心殺のほうに一直線にかけていく途中で、兎の口が、めきめきとばきばきと、大きく割れた。
口が大きく裂け、耳の辺りまで口角が届く。中から見えるのは無数の歯だ。極限まで無理やりあけた口からは血が滴っている。
相手が鉄使いだからこそ、選んだ異物だ。
「悪いがそいつは鉄すら穿つ牙を持つ! 可愛い兎に食い殺されろ!」
心殺に向かって、兎が飛び掛かる。
その姿を覆い尽くすほどの兎だったが―――その牙はどれも彼女に届かなかった。
鉄の塊。
先ほど心殺がいた場所に、人をまるまる包みこめそうなほどの鉄の塊がある。
おそらく中に心殺がいるのだろう。
鉄すら穿つはずの兎の牙はどれもそれを貫通することができず、牙を突き刺さったまま動けなくなっていた。
「あまり舐めないでほしいのです」
ズッと、鉄の塊が動く。
ガブッとラビットが貫けないということは相当な厚さ、ひいては重さがあるはずだというのに。
しかも兎が貼りついたままだというのに。
なぜ、動けるのだ。
足元に隙間も、のぞき穴も呼吸穴すらも見当たらない。
それで動くことができるのであるならば―――まるで要塞だ。
「……それはちょっとずる過ぎるだろう」
「殺し合いに、ずるもなにもないのです」
パンと、一回、音がして
兎が、一斉に破裂した。
牙だけを残し、返り血と肉片で赤く染まる鉄の塊。
その姿はまるで異形の化け物のようだった




