第95話 それでも、仲間かよ
「……ち、ちょっと待て」
謝るから話し合おうや、墓蒔が言おうとしたとき、また一本、地面から触手が生えてきた。
また刺されると思ったそれはぐるりと、墓蒔の体を一周する。
ちょうど目線の高さで一周したそれを見て、墓蒔の勘が何度目かの危険信号を受信した。
ぐっと、一瞬で首を締めにかかる触手。それよりわずかに早く異物『喉頭無形』で首回りを固めたため気道を潰されることはなかったが。
「…………グッ」
少し発動が遅かったようで、首が締まる感触がある。ぎりぎり呼吸はできているが、首を動かすことはできなかった。
喉頭《》。
その名の通り、形無き物で喉を固めるため壊れることはない―――そのはずだったが。
ミシミシと。
ベキべきと。
喉頭無形から今までにきいたことがない音がして、思わず笑ってしまう。
一体どれだけの力で締め付けているというのだ。
無茶苦茶すぎる。
理屈が通用しない。
常識が適用されない。
当たり前が通じない。
これが。
これこそが。
「創造根底館の職員ってやつかよ……!」
触手が一回り、外周を縮めた。喉頭無形が崩れていっているのがわかる。異物そのものの形が見えないのでわからないが、もうボロボロなのだろう。いつ崩れてしまってもおかしくない。
そしてそうなれば、首を絞められて死んでしまう。
墓蒔もよく理解していないが、形身代わりは持ち主が死んだとき、ダメージを肩代わりし、体を原状復帰してくれる異物だ。
死ぬ前の健康な状態に、健全な状態に、正常な状態に戻す。
だから頭に、脳内に『鉄の触手』なんてものがある場合、それは異常と判断して形身代わりが勝手に消してくれるのだが。
それが窒息の場合。
(―――呼吸は復活してくれるが、それしかしてくれねえ!)
体内に異物はない。呼吸さえ復活してくれれば、死ぬ前と変わらない。
その状態で復活してしまえば、また死んでしまう。
死に続けてしまう。
命人形・形身代わりといえども殺され続ければ、いずれ死んでしまう。
(やばい! マジでやばい!)
姿を見せた途端、逃げるのが正解だった。
「おい! あんた、神羅 試神ってやつを探しにきたんだろ!」
「…………」
名前を出して動揺を誘う作戦だったが、心殺は眉一つ動かさなかった。
『姉ちゃん』と呼んだときのほうが効果があったくらいだ。
「俺様知ってるぜ! そいつの居る場所! 解放してくれたら案内してやる!」
「…………」
反応が見られない。
聞こえていないのではないかと思うほど。
「ちょっと見つけるのが難しい位置にいるからよ! 見つけるのに苦労すると思うぜ! もしかしたら今日見つからないかもしんねえなあ!」
「…………」
「見つからなかったら、あんたも困んだろ!」
「別に」
心殺が言った。
「探して見つからなかったら、帰るつもりだったのです」
「……うはは」
笑ってしまう。
その言葉が、冗談とは思えなかったからだ。
「確かに仲間ではありますが、助けられたら助けるつもりではありますが、助けられなかったら無理に助けるつもりはないのです」
「そ、それでも、仲間かよ」
「仲間ですよ。ですが、その仲間のせいで自分が死ぬのなら、当然切り捨てるのです」
―――仲間より、自分が大事ですから。
「……うはははははははは」
思えば出会ったときから、『試神はどこだ』とは訊かなかった。
それが目的であるはずなのに、今ダンジョンにいる人からして、居場所を知っていることは明白であるはずだというのに。
関係なかったのだ。
たまたま歩いていて、最初に見つかったのが墓蒔だっただけで。
試神じゃなかっただけで。
容赦なかったのも当然だ。
拷問して聞き出すことなど想定していないのだから。
死んだら死んだで構わないのだから。
見つけることは努力目標で、必達目標ではないのだから。
「うははははははははははははははははははははははははは!」
「……気でも狂いましたか?」
「いいねえ、姉ちゃん! その考え、俺様好みだ! これだからダンジョン探索は止めれねえ!」
また狂ったように笑いだす墓蒔に―――心殺は特になにも思わなかった。
これから死ぬ人に興味を抱くことなどない。
触手を強めることもなく、気を抜くこともなく、気をそらすこともなく。
一呼吸、したときだった。
どこからか、アラームが聞こえた。
ぴ、ぴぴぴ、ぴ、ぴぴ。
不規則になっているような、ランダム性の高く、どこか聞いていて、もやもやする音の並びの電子音が聞こえる。
「……なんですか、この音?」
心殺が言って。
「……んあ?」
その音に気が付いた墓蒔が笑いを止める。あたりに響く音に気が付いて
「―――この音……やべっ!」
墓蒔が慌てて目を閉じる。
目を閉じる寸前、見えた。
頭上から、小さなゴムボールが――携行灯が、落ちてくるのが。
人の力で簡単に破れてしまうほど脆い携行灯。ちょうど二人の真ん中あたりに落ちたそれは。
地面に当たると同時に割れて、辺り一面に光をまき散らした。
Φ
ゆっくりと、心殺が目を開ける。
目の前が真っ暗なのは、灯りがないせいだった。鉄の塊の中にいるのでもともと光源はなく、墓蒔から発せられる光で視界を確保していたのだが、それがなくなっている。
鉄の塊は完全に周囲を覆っているようにみえて、見えないように隙間があった。
視界確保用ではなく呼吸用の隙間だったのだが、鏡のように磨いた鉄を周囲に配置し、それを反射させることであたりを状況を把握していた。
それが消えているということは…………。
鉄の塊の中で、魔法で灯りをつける。
ごくごく小さな灯り。
少し視界がぼんやりとしているが、これは先ほどの強烈な光を見たせいだろう。
「……目がつぶれなかったのは幸いだったのです」
まだ視えていることに少し安心し、灯りを消す。
呼吸用の穴が開いているということは、そこから光が漏れるということだ。
光源は自分のところにしかない以上、あまり居場所をさらすような真似をしたくはない。
念のため呼吸穴の位置を変更し、周囲の状況を確認する。
あれから、物音は聞こえない。
―――いや、正確に言うならば、足音が遠ざかってから、物音は聞こえなくなった。
音だけならいくらでも偽装できるが、この状況を見る限り、逃げたというのが正しいだろう。
けれど……万が一という可能性もある。
心殺は視力が回復するまで、少しの間、ジッとしていた。
投げられたものがなんなのかわからず、少しの間見てしまった。墓蒔のおかげで少しは光があったとはいえ、いきなり太陽を直視したようなものだ。
まだ人がいた場合、十分に対処しきれない可能性がある。
しばらく目を閉じたあと、また魔法で光りを生む。十分に視力が戻ったことを確認してから、鉄の塊を解いていく。
自分の周囲だけ照らすものから、もう少し範囲を広げる。墓蒔をとらえていた触手が見えるようになっても、あの『光撃』以来、特に追撃のようなものはなかった。
「……逃げられましたか」
視界の先、墓蒔の姿がない。
彼を捕まえていたはずの触手が残っているだけだ。
「これも異物の力でしょうか」
墓蒔がいた場所に、バラバラに小さくなった触手が転がっている。断面が綺麗なので、鋭利なものでスパッとやったのだろう。中身までしっかり詰まった触手なのだが、そんなことは関係ないらしい。
魔法の気配が一切感じなかった、ということは墓蒔自身が刃物のような異物で触手を切り裂いたのだろうか。
それとも―――
「仲間……」
辺りに光が満ちたとき、おそらく一つの足音が墓蒔のもとに近寄り、そして二つに増えた足音が離れていったのがわかった。
「……仲間がいたのですね」
油断していたつもりはなかった―――は言い訳だろう。
仲間殺しときいていたので注意を怠ったかもしれない。そもそも視界は鉄の反射光だけのため、周囲を十分に確認できていたとは言い難かったのに。
仲間が近づいてきたことに気が付かないとは、不覚だった。
逃げてくれたから良かったものの、二人で追撃されていたらどうなっていたかわからない。
触手を切り裂いたのが墓蒔なのか仲間なのかわからないが、今、こうやって触手から抜け出せたということは、隙さえあれば墓蒔はいつでも抜け出せたということだ。
そして、先ほどまで自分が覆っていた鉄の塊も、触手と同じように切り刻むことができたかもしれない。
逃げて助かったのは、自分か、それとも相手なのか……。
「はあ……。だから、ダンジョンは嫌いなのです。地上と全く違う世界が広がっている。まったく、勘弁して欲しいのです」
灯りを消し、また暗闇に戻す。
辺りに散らばっている触手も崩して。
「今度は、逃がさないのです」
暗闇の中を、心殺が進んでいった。




