第91話 まず、しなきゃいけないことは
コツンと頭になにか当たった衝撃で、試神は目を開けた。
小石がなにかがヘルメットにあたった音らしい。
らしいが――。
なにが当たったのかわからない。
音と衝撃に反応して目を開けたが、視界はなにもかわらなかった。
開ける前と開けた後で、なにも変わらない。
暗い。真っ暗だ。
手を眼前にもってきているはずなのに、それがみえない。
「――まさか失明した?」
目のあたりに違和感はない。痛みもない。
「………………」
まばたきを繰り返す。それでも違和感はなく、頬に触れても血のようなものが流れている感覚はない。
落ちたときに尖った岩に顔をぶつけて眼球が破裂した、ということはなさそうだった。
さすがに手で眼球に触れるわけにはいかないので感覚でしかわからないが、もしそうであれば流石に痛みやら血やらで気が付きそうなものだ。
となれば、この暗闇は単純に灯りがないせいだろう。
(……ヘッドライトが壊れたか?)
腕を頭のほうにもっていくと、ヘルメットはあるが、そこにつけていたはずのヘッドライトがなくなっていた。落ちたときに外れたのだろう。無事ならどこかで光っているはずだが、それもないということは落ちた衝撃で割れたか、壊れたかのどちらかだ。
「…………よし、とりあえず、落ち着け、俺」
そのままの態勢で深呼吸を二回。
冷静に自分の今の状況を確認する。
背中とお尻になにか当たっている感触があるので、おそらく洞窟の壁によりかかるようにして座っているのだろう。そのまま視線を上に持っていくが、光らしきものは見えない。
自分の記憶が正しければ、上から落ちてきたはずだ。
友情崩壊ダンジョン探索中に、穴に落ちた。
――いや、落とされた。
「…………落としたのは、墓蒔、だよな」
落ちる間際に最後に見えたのは、こちらに腕を突き出して笑っている墓蒔の姿だった。
手を差し伸べているようには、見えない。
そして、落ちる瞬間に背中から感じた衝撃。
間違ったようには見えない。
たまたま腕が当たってしまった……という事故のようにも見えない。
だとしたら―――そうなのだろう。
そういうことなのだろう。
「なんでそんなこと……っていうのは、後回し」
ここで墓蒔に悪態をついたところでなにも変わらない。
頭上から声がふってくるわけでもないので、墓蒔が助けにくるという可能性も低い。
そもそもあいつが突き落としたのだ。助けにくるはずがない。
腹が立つことではあるが、そんなことは後回しだ。
「まず、しなきゃいけないことは……」
座ったままポケットに手を入れ、携帯を取り出す。創造根底館の支給品だからか、画面は割れておらず傷もついていなかった。
画面を下に向け、ホーム画面を点灯させる。強い光が出たが、下に向けていたため目がくらむことはなかった。画面を直視しないようにして、携帯のライトモードを起動させる。背面にあるLEDが点灯し、懐中電灯の代わりとなった。
「……怪我、してませんように」
ゆっくりと、光を体にあてていく。
てのひら、腕、それから胴。足までしっかり確認して。
「……よし、どこも傷ついてない」
バッテリーがもったいないのでライトを消す。また真っ暗になった中で、安堵の息を吐く。
落ちたとき、切り傷のひとつでもできていたらどうしようかと思った。
体は少し鈍痛が残っているが、打ち身や骨折のようなものはないらしい。
「これは不幸中の幸い……なのか?」
暗くてよく見えないが、落下の時間から察するに、結構の高さがあったに違いないのに。
それでも怪我一つせず無事なのは。
たまたま奇跡が起こったから――ではなく。
少し前に、似たような経験をしたからだ。
同じような、洞窟で。
周りが土に覆われた、絶命洞窟で。
穴に、落ちたからだ。
「……今度は、しっかりとわかった」
太ももに縫い付けられている杖。
それが、反応した。
落下を緩め、衝撃を弱め、着地できたのだ。
瞬間的な魔法だった。
最低限の魔法だった。
効率的な魔法だった。
美しいと思えるほど、無駄のない魔法だった。
「無意識下だから、できたことなのか。それとも二回目だから、上手くなっただけなのか」
相変わらず魔法を使った感覚はなかったけれど、二回目だったこともあってかそこまで拒否感はない。
それはある意味危険なことでもあったが、今ばかりはその魔法に感謝するしかなかった。
思えば、折らなくてよかったと思う。あのとき、絶命洞窟で同じようになったとき、折っていたら、ここで死んでいたかもしれない。
「……折らなかったのは、たまたまだよな」
すっかり忘れていたといってもいいかもしれない。
助かったことで頭から抜け落ちてしまった。選択するとき杖の存在に気が付いていたはずなのに、なにも感じなかった。それで今回助かったのだから、なにが起こるかわからないものである。
携帯をポケットに戻し、今度は二回も助けてくれた杖を取り出そうと、太ももに触れる。
試神が意識して使える魔法は炎を出すだけだが。
それだけでも、今は十分だ。
小さな炎は灯りに十分だろう。魔法で付けた火は酸素を消費して燃えるのか魔力を消費して燃えるのかわからないが、流石に酸欠になることはないはずだ。
とにもかくにも、つぎは灯りが欲しい。
試神は太ももの収納ポケットを触って。
「――――――ああッ!」
杖が折れているのが感覚でわかった。




