第90話 マジで終わったわ
うははと軽快に笑い、踵を返す。
しゃべりながらというのと、一人慣れない人がいたせいだろう。来た時より半分程度の時間で、入口まで戻ることができた。
もちろん、迷うことはない。試神に教えた帰り方は間違っていなかったからだ。戻らないように進んでいけば、ランタンの灯りが見えてくる。
墓蒔がここに来るのは今日で二回目であるが、道を適当に選んでいるというのは半分本当であった。最初の内はダンジョンの形状から、見覚えのある道を選んでいたが、途中からは適当になった。
それでもお目当ての――殺すんだったらここかなあ、と目をつけていた場所に戻ってこれたのは幸運である。ひょっとしたら、どうやってもあの大穴に繋がるようになっていたのかもしれないが、たどり着かなかったらどうやって殺そうか悩んでいたところだ。
「うへー、まぶしいねえ」
友情崩壊ダンジョンを抜けてテントの下に戻ると、あまりの明るさで目が痛くなる。
やはり、携行灯に付けた傷が小さく、光が少なすぎたのが原因だろう。
ランタンの光で多少目が慣らしたというのに、このザマだ。
「もっと大きな傷にしろとか言われんで良かったかな」
試神にも暗いと言われたが、本来ならもう少し大きな傷をつける。
トラップの大穴が見えては困るからということで、わざとほんの小さな傷しかつけなかった携行灯。ポケットから取り出したそれは、まだまだ光を残している。だが、一度傷をつけてしまった以上、あとは光を放出するだけだ。もったいないが、どこかで割ってしまうしかない。
テントの中を、出口に向かって歩く。持ち歩くのもなんなのでここで適当に割ってしまってもいいが……やるならやるで、受付にいる人に一言あったほうがいいだろう。
いつもなら人でごった返しているはずであろうこの辺りも、今日は自分のせいで閑散としている。
迷惑をかけるとしたら、受付ぐらいだ。
一応横目でこちらを監視し続けていると思うが――携行灯を投げたくらいで失明したり取り乱したりするような柔な人をここに配置するとは思えないが、目をつけられていいことがあるとは思えない。
ただでさえ、自分は『ラストワン』としていい顔をされていないのだ。トラブルはできるだけ避けたい。
……それか、中古だけどコレ、買い取ってくれねえかなあ。
そんな思いを胸に受付に向かうが、そこには誰もいなかった。
「あり? トイレか?」
受付の椅子に手を当てる。
冷たい。
ということは、さっき席をたったわけでもないらしい。
今までここに誰かいなかったことなど、墓蒔の経験上一度もない。
管理が難しいダンジョンならまだしも、こんな場所で代理も立てずにいなくなることがあるのだろうか。
「急に腹でも下したんかねえ」
お大事に。
なんとなくそういってしまい、携行灯を割るタイミングを逃してしまった。
仕方なくまたポケットの中にそれを戻し、テントを出る。
「さて、これからどうしようかなっと…………」
ポケットの上から携行灯をぐにぐにと揉み、多死悲喜交々を抜けようとしたとき。
――ん?
ふと、立ち止まった。
「なんか……俺様見られてね?」
歩いて場所を変えるたびに、周りの視線が自分を追っていくのを感じる。
仲間殺しとして、そして『ラストワン』として、今までも注目を浴びることは何度もあったが、今回はそれが少し違っているように思えた。
これまでは、視線は畏怖と侮蔑だった。
今回は、おそらく――興味と、愉悦だ。
面白がられている。
「なんだ? 落ちる間際に、あいつになんかされたか?」
見られる理由はあるが、面白がられる理由は思いつかない。
遅効性の魔法で悪戯でもされたか?
服をみて変に汚れていないか確認していると。
「おーい、バカ蒔」と声が聞こえた。
見ると、遠巻きに観察をしている群衆のなかで唯一こちらに近づいてくる人影が見えた。
見知った顔だが。
それ故に、にこやかに、警戒を怠らずに挨拶を返す。
「なんだよ、サンミ。今日はこっちに来ないんじゃなかったのか?」
「いやー、マジでそのつもりだったんだけどさあ」
墓蒔に負けず劣らずのにやにや顔で、サンミが続ける。
「なんかマジで面白いことが起こりそうなんで、すっ飛んできたんだよ」
「なんだよ、面白いことって。それにそのにやけ顔……。なあ、やっぱ俺様、どっか服おかしい?」
「服? そんなんおかしいのはいつものことだろ」
なんだその可愛いチューリップのアップリケと馬鹿にされるが、ほっといて欲しい。これはお洒落でつけているのだ。
「んー、服じゃないとすると、なんだ? 俺様、今日はやけに人目を引くんだけど」
「そのことなんだけどさ」
ぐい、と顔を寄せられる。
「バカ蒔、お前、今日ダンジョンに行ったんだろ? そんときに一緒に連れてったやつがいたはずだけど、そいつどうした?」
「一緒に連れてったやつ?」と、不思議に思う。
ダンジョンに入ったのはその通りだが。
なぜ、同行者がいることを知っているのか。
そしてなぜ、サンミがそのことを知っているのか。
「そいつって、地球からの召喚者のことか?」
そうマジでそれ、とテンションがあがるサンミに若干引きつつ、墓蒔がコホンと一度咳払いをした。
「あいつなんか、置いてきたに決まってんだろ。いっちゃん奥の大穴から突き落としてやったよ」
武勇伝のように語る墓蒔を見て、さらににやにやが大きくなった。
「あーあ、お前、マジで終わったわ」
「なにが?」
「あいつ、創造根底館の新しい職員だってよ」
「…………はあ?」
「地球からの召喚者ってことで、ピンとこなかったのかねえ。最近じゃ、新しい職員ってことで結構話題になってたってのに……お前マジで知らないのな、マジでウケる」
「…………ずっとダンジョンに潜ってたからな、こっちにもいなかったし、その手の話題に興味もないし」
「教えてくれる優しい友達もいないしな」
そんなサンミの言葉も、今の墓蒔には返す気力がない。
てかマジ? そう力なく訊く墓蒔に、マジマジの大マジとサンミが楽しそうに返す。
「んでさ」
と、サンミが墓蒔を指さし、それからその指をゆっくりと友情崩壊ダンジョンのほうに向けた。
「お前と一緒に入ったことを知った別の職員が、さっき友情崩壊ダンジョンの中に入ってった」
「…………マジ?」
「創造根底館って基本一匹狼……というか、怪物すぎて共闘ができないような感じだったんだけど、あいつは新入りだから特別なのかね。バトることを察したのか、ほかの全員はもうダンジョンから出てる。受付すら退避命令が出てるから、なかなかの大事だな、マジで。さっきまで、あの中にいるのは創造根底館の職員二人とお前だけだったんだ」
墓蒔が胸に手を当てる。
感覚でわかる。
生きている。
まだ、パーティーメンバーが――試神が生きている感覚がある。
表情と、墓蒔の態度からそれをわかっているのだろう、諭すように、サンミが墓蒔の肩に手を乗っける。
「味方殺しの『ラストワン』くん。今日でお前の姿が見納めかと思うと、悲しいねえ、マジで」




